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特典SS 『レギオンレイド(裏1)』(お試し版)



※この話は、作中のとある敵を倒した際の裏側を描写したものになっています。
 そのためストーリー本編のネタバレを大量に含みます。
 目安としては【158話『慈悲なき者』】まで読んだ後にお読みください。



























特典SS レギオンレイド(裏1)





 それは黒い海だった。
 彼女の──クミンというアリ型のモンスターの見える範囲、全てを埋め尽くす、危機感の黒が、世界を覆っていた。

 逃げ切るなんてとんでもない。
 クミンの脳裏にあるのは、次の手が一つも浮かんでこない静かな絶望だった。


『上杉さん! こんなのどうすれば!?』

「クミン。ごめん。『送還』だ」

『なっ!?』


 だが、クミンが何か答えを出す前に、彼女とテイムの契約をしている主である上杉は動いた。
『送還』は、テイムモンスターを現在いる場所から、口寄せをする前にいた場所へと戻すスキル。
 現在の送還先は、上杉が住んでいる(あるいは住んでいた)アパートの一室であった。

 世界に引っ張られ、その場所からはじき出されるような感覚とともに。
 気づけばクミンは、死の恐怖も危機感もない、なんの変哲もない部屋の中へと戻されていた。


(っ、上杉さん! 返事を!)


 咄嗟の状況で、なぜ上杉がそれを選択したのか、理解できないわけではない。
 だが、理解できることと納得できることはイコールではない。

 上杉の行動により自分の命が救われたことを認識しつつ、クミンは即座に上杉へと念話を送った。
 テイマーとテイムモンスターのラインを利用し、離れた場所にも意思を伝える連絡手段。
 それに対する返事はない。

 それどころか、自身と上杉を繋ぐラインが今にも切れそうなほどか細くなっている。
 それだけで想像が飛ぶ。上杉が今いるこの地球上の空間ではないどこかに飛ばされた、あるいは……。


『まだ死んだと決まったわけじゃない』


 浮かんでくる可能性を咄嗟に振り払う。
 どれだけか細くとも、まだラインは生きている。
 この状況に至って、混乱している暇などない。
 合理的に考え、行動しなければ。

 最悪の事態を想定しつつ、それを可能な限り覆すために動くのはテイムモンスターとしての責務だった。


「うぅうぅううぅ? っぅうぅうああああぁああ?」


 思考の海に入ったクミンに気づき、夜柳茉莉──呪腐魔病に冒された少女がうめき声をあげた。
 クミンはちらりと彼女を見る。だが、彼女からは敵意のようなものを感じない。

 呪腐魔病は人間に感染するウイルスによって引き起こされる。迷彩アリというアリ型モンスター種族であるクミンには脅威ではない。
 故にか、夜柳茉莉はクミンだけがいる部屋では、比較的穏やかな顔をしていた。

『……この子を、救うんでしょう、上杉さん。だったら、諦めたりはしてないですよね』

 確信と呼べるほどのものではないが、それでもクミンは上杉を信じた。
 テイムのラインはどれだけか細くともまだ残っている。死んでいない限り、彼もまた行動をし続けるだろう。
 であれば、自分は自分にできることをするべきだ。


『あの怪物は、明らかに異常でした。であれば、ダンジョン側に意見をもらうのが先でしょうか』


 クミンは、まずは情報がなければ何も始まらないと思った。
 情報を手に入れ、上杉の状況を把握、居場所を特定し、必要なら戦力を集めて向かう。
 どんな困難であろうと、必要な準備が整っていれば越えられる。
 合理とはそういうものだ。


『茉莉さん。あなたを救うために頑張っている人のことを、どうか応援してあげてください』

「ぅうううぉおおお」


 その返事に意味があるのかは知らない。
 クミンは、ここではないどこかで上杉が目を覚ましたと同時期に、彼を救うために一体で動き出した。





 ダンジョンに続くゲートをくぐり、端末──と上杉が呼んでいる存在を見る。
 実のところ、クミンと端末にそれほど関係があるわけではない。存在は認識しているが、特別親しくした覚えもない。
 あくまで、ダンジョンの端末は端末だ。クミンの知識にはそれしかない。


『緊急事態です。端末さんは把握していますか?』


 クミンが話しかけると、端末は少しの間を置いて返事をした。


『はい。把握しております。今、我々システム側も突如発生した事態に、余剰リソースの全てを注ぎ込んでいるところです』

『ウチから、そちらに与えられる情報はありますか?』

『現時点では……いえ、少しスキャンさせてください。か細いラインでも、上杉様とつながっているあなたが入れば、糸の一本くらいはねじ込めるはずです』


 そして、システム側の行為をクミンは黙って受け入れた。
 別段、気にするほどのことでもない。クミンはもともとダンジョンに生み出されたモンスターだ。
 ダンジョンがモンスターの個体を把握するため、定期的にシステムスキャンを行うのは当たり前のことだった。


『……つながりました。だが、マトモに利用は……あちらのハッキング対策が異様に固い──メッセージを一通紛れ込ませるのがせいぜい、ですか。あとは、一度上位権限者にお任せします』


 クミンには理解のできないことを呟いたのち、端末は意識をクミンへと向けた。
 クミンがお行儀よく待っていた理由は理解できているようだった。


『お待たせしました。念のための確認ですが、あなたは上杉様のテイムモンスター、クミン様で間違いないですね?』

『はい』

『本来であれば開示申請が必要な情報ですが、緊急事態なので省略いたします。現在の状況は、最悪の一歩手前です。そしてその最悪を覆す可能性があるのが、上杉様ただ一人になります。その前提でお話を聞いてください』


 そう前置きして、端末は現在上杉が置かれている状況の説明に入った。

 

 上杉とクミンが遭遇した怪物は、本来ダンジョンで想定されていない、棄却された人類試練の破棄データから作り上げられたものであること。
 呪腐魔病の変異体を使って、なぜウイルスが人類試練が模造できたのかは現時点で不明であること。
 上杉は現在、その模造人類試練が作り出したダンジョンに囚われていること。
 そして、ダンジョンのシステムへハッキングを試みているが、現段階ではそのダンジョンに干渉できなくなっていること。


『ウチと上杉さんのラインが細くなっているのも、干渉できない状況の影響ですか』

『おそらくは。完全に外部からの連絡を断とうとしているようです』


 信じられないような状況ではあるが、信じないと話が進まない。
 ただ、聞いている限りだと、これでは外側から上杉を助ける方法など存在しない。
 何かないのか、と訪ねかけた時に、端末の様子が変わる。


『失礼。一度ハッキングに注力します』


 事情説明していた時にも増した緊迫した様子に、クミンは再び静かに待つ。
 時間にして数分にも満たない程度の、わずかな沈黙ののち、端末は言った。


『上杉様とのコンタクトに成功いたしました。これにより、完全に詰んだ状況から、わずかに可能性のある状況へと変わりました』

『わずかに。どの程度ですか?』

『少なくとも、二桁はありません』


 10回挑戦したら10回失敗する可能性の方が高い。
 そういう話だった。


『ですが、可能性が生まれた以上、その可能性に賭けて動く必要があります。私も、そして──』

『ウチにも出来ることがある?』

『はい。クミンさんにしかできないことを、お願いしたい』


 改めて、端末はクミンに変わった状況を伝える。
 上杉とのコンタクトに成功したことで、上杉がダンジョンの攻略を成功させる可能性がわずかに生まれた。
 現状、模造人類試練に作られたダンジョンは、外部からの影響には強いが、内部構造は急造品ゆえの欠陥が見られる。
 内部で、上杉がダンジョンを攻略することそのものが、ダンジョンを崩壊させる一助になりうる。

 故に、上杉が順調にダンジョンを攻略していくことができれば、外部から救援を送れる可能性がある。
 だが、その状況になっても、送る救援が用意できていなければ意味がない。
 だから現状を正しく認識し、外部で柔軟に動いて救援部隊をまとめる役割の存在が必要になる。


『もちろん、ダンジョンの各端末に状況は共有します。しますが』

『実際に脅威を正しく伝えられる存在がいた方が、いいということですね?』

『はい。どうしても、当事者でなければ、人間は事態を軽く見がちですから』


 端末もクミンも人間ではない。
 だが、人間は切羽詰まった状況ですら、合理的に動けないことが多々あるのは知っている。
 この、ゾンビが溢れかえった危険な状況で、生き残った人間同士で派閥争いをするなど、その最たるものだ。

 アリ型モンスターの中では感情的なクミンであっても、あまりに非合理的な人間の姿に呆れることは多い。
 合理性と感情論は並び立ちづらいものなのだ。

 それでも、あの三本腕の怪物と、ホームセンターに存在していた人類模造試練ではその脅威度があまりにも違いすぎる。
 銃を持った不審者と、核兵器くらいの違いがある。
 それを正しく伝えて、まとめ上げることができなければ、上杉がいくら一人で頑張ろうとも、東京は壊滅することになるだろう。

 そう認識したクミンは、元からそのつもりであったが、提案を受けた。


『わかりました。ウチもできるだけ動いて、人間側に一致団結を働きかけます』


 上杉を助けるために、できることをする。
 それが自身の生存にも直結するのなら、なおさら合理的だ。

『ただ、現時点では人間が何人集まろうと、あの模造人類試練にはまるで歯が立たないと思われますが』

『それについては、こちらでいくらかの考えがあります。その際、上杉様の働きとクミン様の存在が大変重要になります。故に、くれぐれもお気をつけて。あなたが死ねば、全てがパーになります』

『それは問題ありません』

 クミンは南小のコミュニティの様子を思い出す。
 良い人間も、理解しがたい人間もたくさんいた。
 だが、本気で隠密行動をとった自分を害せる人間は、おそらくいない。
 故に、交渉が決裂して敵対したとしても、身の危険を感じることはないだろう。


『ただ、ウチは上杉さん以外の人間に対する、円滑な意思疎通の手段を持ちません。どうにかなりませんか?』

『…………緊急事態につき、臨時の許可が降りました。クミン様の意思を日本語の文字として外部出力できるスキルを一時的に貸し出します。うまく利用してください』

『ありがとうございます』


 これで、やることは全て決まった。

 現状、内部で動いている上杉に直接的な支援はできない。
 だが、彼が動くことでダンジョンに綻びが生じれば、外部からの救援を送れる可能性がある。
 だから、クミンは外部にいる人間をまとめ上げ、可能な限り物資の準備もしてその時を待つ。
 時は金なり。1秒でも早く動く時が来た。



『それではクミン様。あなたの行動が無事に実ることを祈ります』

『端末さんも、難しいかもですが可能な限り上杉さんを助けてあげてください』



 その言葉を最後に、クミンは上杉宅のダンジョンを後にする。
 目的地は、南小のコミュニティ。
 この時間がド深夜であると理解はできているが、接触しなければ何も始まらない。

 まずは、話のわかる人間──リーダー格の松川か、参謀役の杉井にコンタクトを取るべきだろう。
 そう考えた。


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