大学で数学を学び、そのまま教壇に立ち続けて数年。 授業の合間にチョークの粉と煙草の煙にまみれながら、今日も数式と向き合う。 数学は答えが一つであるがゆえに美しい。だが、人生はそうではなかった。 答えの出ない感情、辻褄の合わない記憶、理屈では割り切れない「何か」が、日常の隙間にひっそりと横たわっていた。 酒はあまり飲めないが、孤独には少しだけ慣れている。 「漸」という字には、変化を少しずつ受け入れるという意味がある。 突然ではなく、じわりと変わっていくもの。 小説もまた、そんな漸化式のような営みなのかもしれないと思っている。