「良春しゃん、ぎゅってしてくらさいっ」
「……めっちゃ酔ってるな」
「酔ってましぇんっ! 田中美桜っ! 元気でしゅっ!!」
「うん。とりあえずお水飲もうな」
「酔ってましぇんってば! あっ。でも口移ちなら飲みましゅ」
まだ東雲姓である美桜さんは絶賛泥酔中である。
美桜が20歳になって初めての晩酌なのだが、まさかここまで美桜がお酒に弱いとは思っていなかった。
これはなかなか心配である。
「美桜、お水飲まないと明日が辛いぞ〜」
「良春しゃんがいるからだいじょぶでしゅ」
俺がいてもいなくても二日酔いは辛いことを、美桜はまだ知らない。
そりゃそうだ。今日初めてお酒を飲んだのだから。
「てか暑いでしゅ。頭もぽわぽわしましゅ」
「お、おい美桜?! 脱ぐな脱ぐな! 暖房付けてるけど12月なんだぞ?!」
「じゃあ良春しゃんが抱きしめてあっためてくらしゃいよぉ〜」
「酔ってなかったらそれもよかったかもな」
「酔ってないでしゅってばぁ〜」
普段からそこそこあざとい美桜だが、ですます口調がでしゅましゅになると更にあざとく見える。
ほんとは酔ってないんじゃないのだろうかとすら思う。
「良春しゃんッ!」
「むぐっ?!」
しかし美桜の目はたしかに座っている。
そんな美桜が俺の両頬をしっかりと掴んで離さない。
「ちゅー」
半ば強制的なキスに困惑する。
普段の美桜なら自分からキスを求めてきたりはしない。
だが酔って理性が溶けるとこうなるのか。
……美桜は他の男がいる飲み会には絶対行かせない方がいいな。
簡単にお持ち帰りとかされそうでこわい。
美桜を寝取られたら俺はお義父さんに殺される。
そして間男も殺されるだろう。
「良春しゃんはもっと普段からきしゅしてほしいでしゅ。毎日毎時間したいのにぃ」
「ごめんごめん」
「あぁ〜今めんどくしゃい女って思っられしょぅ?」
「思ってない思ってない。大丈夫だ」
おかしいな。俺だってお酒飲んでるはずなのに、全然酔えないぞ。
美桜が酔い過ぎてて落ち着かないからかもしれん。
頭とかぶつけそうだし。
「良春しゃん、わらしをもっと褒めてくらしゃい。可愛いって言ってくらしゃい。だいしゅきって言ってくらしゃい。じゃないとわらしは泣きましゅ」
……まるで罰ゲームみたいな要求をしてくる美桜。
べつに好きだし問題はない。だが言葉にしろと言われるのはわりとハードルが高い。
「いつも……家事してくれてありがとう。飯も美味いし、嬉しい」
「もっちょ!」
「いつも俺の前で可愛くいてくれて、ありがとう」
「良春しゃんのお嫁しゃんでしゅからねっ」
「酔ってベロベロでも……大好きです」
「酔ってましぇんけど、れも嬉しいぃぃ」
そう言って抱きついてくる美桜。
とろけた笑顔は子どもみたいで、たしかに愛おしく感じた。
いつもなんだかんだしっかりしている美桜が、お酒でこうも理性がなくなると心配にはなるが、それでも普段の美桜が如何に我慢してたのかを実感した。
「良春しゃん」
「なんだ?」
「わらしは今、犬でしゅ。頭撫でてくらしゃい」
どうしよう、うちの嫁が犬宣言した……。
……でも可愛いかったからまあいいか。
「よぉしよしよしよぉし」
せっかく頑張ってセットしてたであろう美桜の髪の毛をくしゃくしゃにした。
しかしそれでも喜ぶ美桜。ほんとに犬みたいになっている。
普段の美桜は髪の毛のセットもしっかりしてるので頭撫でたり頭ポンポンなんてことはしないし、要求もしてこない。
だが今の美桜はそんなことを気にしないくらい酔っているということだろう。
……朝起きた時が心配だが、どのみち二日酔いでそれどころではないだろう。
そうしてイチャイチャして数分、ようやく少しは美桜も落ち着いたみたいだった。
とは言ってもしっかり目はまだ座っている。
そんな美桜は俺の胸にそっと手を当てて、そしてゆっくりと肩までその手を伸ばしていく。
濡れていく瞳は美桜が明確に女であることを訴えていた。
少しずつ縮んでいく唇との距離はどこか焦れったくも感じる。
俺もゆっくりと美桜の腰へと左手を伸ばしていく。
両腕で美桜を抱きしめられないことがこんなにも歯痒いと思うことはないだろう。
「……良春しゃん」
「美桜……」
今や互いの鼻先がわずかに触れて、何度目かのキスをする。
はずだった。
「うっぷ……」
「み、美桜?」
「や、ばっ」
「ちょッ?! 美桜待てっ!! トイレまで行っ––––ッ!!」
世界がスローモーションに見えた。
そして俺は今までにないほど頭を回した。
これはきっと走馬灯か何かに近いのだろう。
だがそんな悠長なことを考えていられるほど余裕なんてない。
俺は咄嗟に自分の服の端を掴んで美桜の吐き出したものを受け止めた。
「おろろろろぉぉぉぉ」
美桜は盛大に吐いた。
さっきまでのロマンチックな雰囲気は、今や美桜のゲロの臭いに満ちていた。
「…………」
「美桜、大丈夫か?」
背中を摩ってやりたいが、左腕は服の裾を引っ張るので精一杯だった。
右腕が動かないことが、ここまで情けないと思ったことはない。
「……良春しゃんの前で吐いちゃったぁぁぁぁ」
「気にするな」
たしかに物理的に俺の目の前で吐いたけどな。
美桜のゲロなら仕方ない。
むしろお義父さんも認めてくれるだろう。そう思えば実に光栄なゲロである。
その後、美桜はわんわん泣いて大変だった。
とりあえずゲロに塗れた服を1度脱いで美桜の背中を摩り、水を飲ませてひたすら慰めた。
美桜も女の子だ。
乙女の心は繊細なのだと実感した。
未だに俺の知らない美桜が見れるとは思ってなくて、これはこれで新鮮だった。
……ゲロも新鮮だった。
そして次の日。
「……良春さん、頭痛い……抱っこしてください……」
「はいよ」
「……良春さん、昨日はごめんなさい……吐いちゃって……」
「仕方ないさ。気にするな」
「……わたし、もうお酒飲まない……」
「酔ってる美桜も可愛かったけどな」
「良春さんの前で吐いたどころか、ゲロかけたなんて……穴があったら入りたいです。お嫁さん失格です……」
その日1日、俺はひたすら美桜をよしよしすることになってしまった。
これはこれで悪くないなと思った。
美桜も完璧な人間ではない。
そう思うと、逆に安心できた。
俺が美桜の隣にいてもいい理由だと思えた。