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耳を傾ける

「早く大人になりたい」と
願っている子どもだった。

時を経た視点で、世界がどう見えるのか、ずっと知りたかった。

今いる時点から、ポーンと一足飛びに超えることはできない、
大人の時点。

じーっと息を殺してみても、同じようにしか流れない時間。

つながっているのに、どういう契機で「違い」や「成長」と呼べる変化が出てくるのだろうと、気になって仕方がなかった。

自分のためを思って発せられる「大人」や「経験者」たちの話を、
ただ黙って聞いていた。

客観的に正しいか?とか、どれほど役に立つのか?とか、
そういう”聴き分け”はできない。

出来るのは、話し手の心情から、それがどれだけ”重要”で、”正しい"か、という「信念」の感受のみ。

ただそうして”学んだ"ことが、どこかで役に立つのだろうと
ぼんやりと信じながらも、重い苦痛を感じていた。

そうした態度が、世間的には「素直」と呼ばれることに
一種、戸惑いを感じる今では、

そうした態度で得られた知恵はおおむね、対外的には役立つと言えるものの、
兎角、自己の内面と、より深い感情問題に際しては
全く驚くほど、"関係の無いもの"だと気付くに至っている。

私は幼いころ
本当に、ただよく"聴いていた"、だけだったので

誰ひとりとして、私の内面で起こっていることに対して
言葉を発したのではなかったのである。

そうした今に至る「気づき」の発端は、
決定的な何か、というよりも

そうした「教訓」を浴びせられる年齢や甘さ、環境から
いつのまにか離れ、
"ただ黙っている自分"
に、どこかで気付いたからなのだろう、とおもう。

よくよくのんびりしているが、
もし待てるならば、此処に至って、ようやく、
というのもありなのだなと、妙にひとりで納得している。



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