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空き時間

大学に入ってすぐ
"空き時間"なるものに直面した。

高校を卒業するまで
朝から晩まで敷き詰められた時間割を当然のようにこなし、
感覚がすっかり麻痺していた。

そもそも"自分の時間"なんてものが存在することを
忘れ去っていた。

最初に沸き起こるのは、「あんまりじゃないか」という感想。
受験戦争の"後遺症"ともいうべき病んだ精神においては
自由こそが厭わしかった。

そして思った。
もし、このままふっと死ぬようなことになったら
自分は何を後悔するだろうかと。
時間も自由もあるはずのに、何をすればいいのか全く分からない。

学内でも人気のない場所を探して
冷たく硬い椅子に坐したまま、動くことができない。
こんな自分は、何をしたいのだろうかと。

辛うじて出来ることを探したとき、
手元にはレジュメの裏紙と鉛筆があった。
「何か書こう」
何でもいいはずだ。どうせこの時間を耐えるためにすることだ。

胸の内のモヤモヤを文字にして、
少しずつでも何かを感じたり、
考えたりを取り戻すことが出来たら、きっとそれは"幸せ"なはずだ。

そうして書き始めたものが
日毎に密度を増し、
ノートへ、ワードファイルへ、新しいA4用紙へと移動していく。
それがかれこれ10年前。

今さらながらその時書いたものを引っ張り出して、
「続き」を書こうとしている自分は、
ただ、そのときの自分を受け容れたいのである。

当時確かに思っていた。

こんなに数だけ書き散らしても、どれだけの理屈で擁護しても、
自分ただ一人として納得できないものばかりで、どうしようもない。

こんな年齢になるまで
自分の感情や考えを"伝える"願望を知らずに生きてしまったから。だから、こんなにも虚しくて悲しい。

でもそんな今でしか遺せないものもあるはずで、
けれど生きてさえいれば、きっと違う視点と知り得た世界から、
未来の自分が、いまは書けない話の続きを書いてくれる。

タイムカプセルの様に
眠り続けた文章の"新しい"つづき。
今日という日は、そのためにこそ輝いて見える。


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