さて、エッセイ横丁も終わって、なんか寂しくものんびりしております。
最終回のご挨拶後にも投稿された作品がありますので、よかったら色々見に行ってみてくださいね!
ということで、なんとなく企画で考えていた作品がありまして、それをこのノートに投稿してみたくなったのでそうします。しかしなかなか企画むき、参加向きではないかなとも思ってまして。止めております。どう設定したらいいか思いつかないんですね。ということでここで供養です。
『おもたせ、おまたせ!』
ウチの課の関川課長は出張の度にお土産を買ってきてくれるとても良い人だ。
問題はオレがあまり甘いモノが好きじゃないこと。
どちらかといえばご飯のおかずになるような、しょっぱい系のものが好みだ。
「関川課長、オレ言いましたよね、甘いモノ苦てって」
「うん。でもさ、キミ営業だろう? 得意先に甘いモノ持っていかないなんてありえないから」
「なんでっスか?」
「何度も言うけどさ、会社って実は女の人がすごく力を持ってるんだよ。で、女の人はたいてい甘いものが好きなワケ。でもねそこらへんで買えるようなお菓子はもう貰い慣れてるから、並ばなきゃ買えないもの、地方にしか売ってないもの、予約しないと買えないもの、そういうのが話題になっていいんだよ」
「で、これっスか? 懐かしいけど、特に珍しくないんじゃないですか?」
「チッチッチッ。分かってないな。誰もが一度は食べたことあるけど、わざわざ買わないモノってのがあるんだよ、それがコレ。風月堂の『ゴーフル』さ」
関川課長は細長い紙箱から、その一枚を取り出してオレの机に置いた。
いや、いらないってのに。
「ゴーフルといえば、有名なのはソノラマレコードみたいな大きさと薄さの……」
「なんスかそれ? 自分その世代じゃないんでまったく分かんないっス」
「そうか、シングルレコードのサイズで……」
「それもちょっと……」
「ああ、そうなの? とにかくこれくらいの大きさのが有名なんだけど」
と、CDより二周りくらいの大きさの円を指で教えてくれる。
うん、お菓子にしてはかなり大きなサイズみたいだ。
「それがこう、大きな缶に入っててさ、すごくテンションが上がるんだよ」
「はぁ、そんなもんスかね」
「でもまぁ時代だね。今はこういう小さいサイズが主流になってね、でもこれはこれで美味しいんだよ。サクッとした極薄の生地と何とも言えない甘さのクリーム。この二つが極上のハーモニーを奏でるんだよ」
「そんなもんスかねぇ」
課長の解説が段々熱を帯びてきた。これは長くなりそうだ。てか、今は書きかけのメールを早く片づけたいんだけど……まぁ、この大きさだ、さっさと食べてしまおう、そしてご退室いただくのが一番だろう。
ビニール包装をサッと破り、中から極薄のビスケット、せんべい? みたいなのを取り出してサクッとかじる。
その瞬間、時計の秒針が止まり、明滅していたカーソルが凍り付き、フロアに満ちていたざわめきが遠く離れていった。この世界に存在するのはオレとオレの口と口に挟まれたゴーフルだけだった。
なにこれ?
はぁぁ。なんか懐かしいような、ちょっと高級な駄菓子を食べたような、いやでも駄菓子とは違う風格が……いや、それだけじゃねぇ。さくっと香ばしい生地に、絶妙な甘さのクリームがまんべんなくたっぷりと挟まれている。そしてほのかに香るストロベリーが至福。完璧なまでに調整された食感と甘さのバランスの見事さよ!
「なんスか、これ! なんか止まんないっス!」
気づくとサクサクっと一枚をアッというまに食べてしまった。
「そうだろう、そうだろう。どれ、頑張ってるキミにはもう一つあげよう。今度はチョコレートクリームだ」
このチョコレート味がまたなんとも言えず懐かしく、良い香りで、しっとりとした甘さを感じる。そう、最近のチョコレートといえばカカオ何%だなんだと、苦いものがはやっているが、そんなものを優しく無視する王道の優しいチョコレート味。甘いのが苦手だなんて言っていてた舌を引っこ抜いてやりたい。今やオレは甘さの奴隷に成り下がっていた。だがそれすらも幸福であった。
「うわっ、コレもうまいっスね!」
「そうだろう、そうだろう。もう一つの味はバニラなんだが、これも最高でね」
「え、それも食べてみたいっス!」
と、課長は実に嬉しそうにニヤっと笑った。
反射するメガネの奥で愉快そうに目を細めているのが見える。
ああ、しまった、負けた……とオレ。
ふ、勝った……なんて思ってるんだろうな課長は。
「ま、つぎに東京出張があったら分けてあげよう」
「それまではおあずけってことっスね」
大して味わうことなく食べてしまった後悔が胸に深く深く突き刺さる。
思わず空になった包装をクシャッと握りつぶした。
「でも分かったろ? おもたせってのはこういうのがいいって」
「おもたせ? ってなんスか?」
「ああ、今はおもたせってあまり使わないのかな、まぁお土産、贈り物のことだよ。ま、一つ勉強になったろ? 営業はトークだけじゃなく、人の心を動かすすべをたくさん覚えたほうがいいんだよ」
課長はそういって、部屋を出て行ってしまった。
さすがは年の功。オレもまだまだ勉強が必要ということなんだろう。
それにしても恐るべきは『おもたせ』の世界。
まずは全国の銘菓からリサーチする必要があるだろう。
こうしてオレの『おもたせ』をめぐる冒険は幕を開けたのだった。
~おわり~
あなたがもらって嬉しかったおもたせ、銘菓、お土産はなんですか?
