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日野久留馬

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  • 2024年2月21日

    入院生活覚書

     ほっとくと何でも忘れてしまう人間なので、覚書を。  1/4、午後二時半ごろ、デスクワーク中に唐突に右胸に刺しこまれたような痛みが発生。  体験した事のないレベルの尋常ではない痛みであったため、早退を上司に申し入れるが隣席の同僚が「この職場の隣が病院だし、受診していったら」と勧めてくれる。  この進言のおかげで命拾いする事となった。  職場の隣の病院は循環器系の専門ではなかったが、血圧の異常とレントゲンの結果から大病院での治療が必要と判断し救急車で移送する事に。  近隣の大病院のECU(救命救急センター)に担ぎ込まれ、血圧系のお薬を点滴で大量にぶち込まれる。  両肘に左手首に右手の甲、さらに右首筋と点滴されまくり。  この段階で血圧は200まで行っており滅茶苦茶苦しい状態ながら先生に「十段階でどれくらい痛いですか?」と問われた際の答えは「8」。  なんか、世の中もっと痛い事はいくらでもあるんだろうなという変な予想があったんだが、大動脈解離の痛みは人間が味わう最大級の痛みのひとつらしい。  もしかしたら自分は痛みに鈍感なのかもしれない。  それはそうと、大量にぶち込まれたお薬のおかげで血圧は安定、ずっと着いてくれてた主治医の先生も「棺桶に片足突っ込んでた所でしたよー」と軽口を言う余裕ができていた。  ……軽口というか、単純な事実報告だったんだけど。  心臓から飛び出して体中に血液を送る直径三センチほどのでかい血管が大動脈であり、高血圧などでそのでかい血管が裂けてしまう病気が大動脈解離だ。  三層構造の血管のうち残り一層がギリギリ残っている状態であり、ここも破れて完全に裂けてしまうと最早どうしようもないデッドエンドである。  薄皮一枚残っている即死リーチ状態でなんとか踏み止まっている状態なのであった。  分類的にはスタンフォードA型で、脳とか肺とか重要器官に血液を送る血管と繋がってる所が裂けかかってる状態。  降圧剤を大量にぶち込みある程度安定した所で、ICU(集中治療室)に移動した。  ベッドごとゴロゴロと運ばれて。        1/5、この辺りで既に日が変わってたんじゃないかと思う。  今後はICUで療養開始との事で、それに備えて準備を行う。  そう、尿道カテーテルの挿入である。  マニアックな方向の薄い本などでおなじみのアイテムだが、当然ながられっきとした医療用品であり、トイレに行く途中で死にかねない今の俺のような患者には必須アイテムだ。  それでまあ、針というにはやや太い金属チューブをずるっと入れちゃう訳だが。  ここでも俺の痛みへの耐性が利いたのか、思ったよりもあっさりと終了。10段階評価なら5くらいかなあ?といった所だった。  むしろカテーテル挿入&おむつ装着の精神ダメージの方がでかかったりもしたが、この辺は早々に開き直った。  生きるか死ぬかの状態でちんこ丸出しになんぞ構ってられるかい。        1/6~1/14、一週間ほどICUのベッドから動けない状態。血圧を安定させ手術に備える準備期間である。  ICUというと、完全隔離で徹底管理された個室というイメージがあったのだが、実際のところは前線基地だった。  要するに「いつ急変して死ぬか判らない患者を生かす為の部屋」な訳だからナースルームを中心に円状にベッドが配置されており、バイタルモニターに異常があったりナースコールが押されれば看護師さんが即座に駆けつけてくれるのだ。  ここでの生活が一番厳しかった。  体内の酸素量を多く保つためパルスオキシメーターで酸素量を確認し、足りてないので鼻にチューブを着けて酸素を送り込まれる、これがまた苦痛で……。  基本的に口呼吸をしているので、鼻から強制的に入ってくる酸素が気持ち悪くて仕方ない。 これが飯の時も睡眠の時も四六時中である。  相当疲弊した。  さらに辛いのが他の患者の存在。  様子がおかしかったら即座に看護師さんが気付けるようカーテン一枚で仕切られてる程度なので、近所のベッドの様子はよく判る。  そしてICUに運び込まれるような死にかけてる人というのは、相対的にお年寄りが多い。  そう、ボケ老人率も高いのだ!  自分がなぜ知らない部屋にいるのか判らない患者さんが何度も何度も何度も看護師さんを口頭で呼んで説明を求めてるのを隣で聞かせるのは、なんか穴掘って埋める系の拷問に近いものを感じた。 せめてナースコール使って……。  疲弊のあまり、この辺りで小さなイマジナリーナースの幻影を見る。  ICUという戦場を駆ける白いリスの看護師マツナガさん、俺の不安や疑問に(俺の知ってる事ならば)答えてくれる頼もしいナースだ。  明らかなせん妄に縋りついて正気を保つ。  正気ってなんだ。        1/15、ついに手術当日。  駆けつけてくれた妹と両親に挨拶した後、ベッドごと運ばれて手術室に入室。  ほほう、知らない機器がいっぱいある、テンション上がるなーなどと思っているうちに電極をペタペタ貼り付けられ、点滴をいくつか刺され……ここで全身麻酔で意識が途切れた。  意識が戻ったのは翌日午前中。 本人の感覚としては「ふっと意識が遠のいた気がしたけど、気を取り直したらなんか違うところに居る!」みたいな感じ。  丸々一日時間が飛んでいた。        1/16、10時間以上にも及ぶ大手術だったが大変だったのは先生と看護師さん達で、俺自身は前述の通り「なんか気が付いたらあっという間に終わってた」という体たらく。  内容的には胸の真ん中を掻っ捌いて、その下の胸骨をノコで両断して隙間を開け、人工心臓で代用しながら止めた心臓から出てる裂けかけた大動脈の一部を人工血管で補強するという手術。  理論的には裂けてる大動脈を全部取り換えるのがベストではあるが、それをやるにはハイレベルな手術を数回分に渡ってやるくらいの手間が掛かるそうで執刀医と患者双方の体力がとても持たないので不可能らしい。  なので一番ヤバい所だけ補強し、ほかの部分は自然治癒に任せつつ、どうしてもヤバいなら再手術という方針。  術後の経過を見た先生によると、自分の回復パターンなら自然治癒でくっつくだろうとの予測だった。  そういう大変な手術を意識がないままに終えた16日だが、目を覚ますと喉に直接酸素チューブ突っ込まれていた。  大変気持ち悪いのだが、あらかじめ聞かされていた状況そのままなのでナースコールボタンを押して意識が戻った事をアピールしつつ、我慢。  パルスオキシメーターの酸素濃度を確認しつつ酸素チューブを抜くのだが、メーターの数値が芳しくなく中々チューブを抜く許可が下りない。  実はこの時、左手首の動脈にぶっ刺されたAラインという針から血圧や酸素濃度の情報をバイタルモニターへ転送されていたんだけど、この針の接続が悪くて精度の低い情報が行っていたらしい。  そのため、Aライン由来でない直接指先を経由した情報で酸素濃度を確認してチューブが外されるまで、3時間くらい掛かったという……。        1/17~28、徐々に体調が安定するにつれて、両手と首筋の点滴が順次取り除かれていき自由度が上がっていく。  ある程度動けるようになったのでリハビリ担当の先生が付き、フロアを歩いたり階段を上り下りしたり軽い屈伸などでリハビリを行っていく。  本当はリハビリ用のトレーニングルームで自転車こいだりといった運動をするべきなんだけど、病院内にコロナが流行しつつあるためトレーニングルームは避けてのリハビリとなった。  この段階での最大の敵は退屈。  生きるか死ぬかで寝込んでると唸ってるくらいしかやる事なかったのに、自由度が上がると人間贅沢になるもんである。  主治医の先生からスマホをいじる許可が出たので、Web小説読んだり動画見たりソシャゲやったりでかなり暇を潰せた。 残念ながらFGOの連続ログインは途切れてしまった。  この辺りになってくると早く退院して味の濃いもん食べてーなどと思っていた。  病院食は基本的に味が薄いし、全般的に不味いのよ……。  たまに出るカレー系が救いだった。        1/29~2/2 手術から二週間、経過も良好なのでかなり早いペースだけど退院が見えてきた所でコロナ陽性が発覚。  病棟内に蔓延してると思ってたら、ついに罹患してしまった。  そしてその晩から39度の発熱。  元々熱は出ていたんだけど、手術の傷によるものと思ってたのよね……。  3日の間39度の熱に苛まれ、なんとか熱が下がっても隔離期間という事で退院は2/3まで延期。  がっでむ。        2/3 退院! 退院です!  さて、肝心のお支払いですが、なんとこれほどの大手術でありながら諸経費込みで25万で納まりました。  本来なら数百万じゃ利かない大手術ですが、健康保険のお陰で格段にリーズナブルに! 働いてて良かった。  今回の手術、十数年前に加藤茶さんが受けたものと同じなんだけど、当時は数千万というレベルだったらしい。  それがここまでお安くなったのは技術の普及と進歩によるものなんだとか。 まさに「だが、今は違う!(ギュッ!)」である。  ここから後は自宅でのリハビリ生活。  体重が10キロ落ちててズボンがゆるゆるになってたり、体力低下で自宅の階段を上がるだけで息切れしたりと、まあ色々ありますが何とか生きております。
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