岩井、さんコメントありがとうございます。
私は基本的に、「こうしたらいいのでは」みたいなのは自分の近況ノートで書いても他人のコメントとして他人のアカウントに書き込みにいったりはしません。しないようにしています。
それはどんな人であれやはり多少なりともプロ以外に自分の話について誉められる以外の指摘を受けることは嫌だと感じるものだろうからと私は考えているからです。
しかもほぼ交流の無い人に突然そういうことされて、笑顔でその通りだと受け止められる人はそうはいませんし。
なので基本私は他人にこうしたらいいのではみたいなのは普段書き込まないのですが、
今回は岩井さんが私の近況ノートを読んで書き込みに来て下さったということですので、私の近況ノートならまあいいか……ということで、こちらに返信させていただきます。
近況ノートには返信通知機能ありませんので、新しく立てておきますね。
あまり岩井さんとは交流ありませんので、あくまでも今回頂いた文章のみから、私が感じたことを書かせていただく限りということはご了承いただけると助かります。
さて。
私が今回のコメントから感じた限り、
岩井さんが「映画やアニメが好きで監督になりたい」と思うほどであったのならば、
映画やアニメの【監督】の仕事が多岐に渡ることはお分かりだと思います。
ドラマ、映画、アニメ、舞台。
こういうものは正しくは、「総合芸術」に属すると私は思っています。
こういう作品の監督はつまり総合芸術の監督にならなければならないわけです。
つまり、
①俳優の魅力を見抜き、適した役に抜擢する慧眼。
②話をより盛り上がらせるためのBGM、音楽のかかるタイミング。
③物語に適した衣装、小道具、撮影場所の確認。
④俳優たちが喋らない、セリフの無いシーンでも、カメラの動きで些細な俳優の表情や言動に意味を持たせたり、意味を浮かび上がらせることの出来るカメラワーク。
⑤セリフの言い方、ニュアンスの理想の根幹になること。
⑥場合によっては俳優やスタッフなどと、「こうした方がいい」というぶつかり合いになった時に負けない気骨。
⑦美しい風景を美しいと感じれる感性が無いと美しい風景の作品は作れない。
⑧自分の中に完全に理想とするシナリオ・風景・描写・書きたいものが絶対的にある。
まあこの8つくらいですかね。これがもう監督の仕事の「基本的」な8つだと思います。実際にはこの8倍の64項目くらい細かいことあげたらここから更に「良い作品を作る監督の資質」などとなると膨れ上がると私は思っていますが、
最低限の8つがこれです。
音楽や衣装などは大きな規模になると更に監督の他にも音楽監督、美術総合チーフなど各ジャンルのリーダーみたいなのつくと思いますが、でも結局最終的には監督が作品を見てOKを出さなければ世に出ないので、そういう意味では音楽も美術も衣装も全部監督が見ます。
つまり、岩井さんが本当に監督業を仕事にしたくて頑張ってる人ならば、この最低限の8つくらいは当然のように書き出されている作品内容でなければ、理論的にはおかしい、ということになります。
実際この8つを作品内で押さえられているだけでもなかなかのものになると思いますよ。私は。
カクヨムを徘徊していても、この8項目を意識して確認した時に全て当てはまってる作品は滅多にないです。ほぼ無いといってもいいくらいです。
ちなみにですが、
私は
①のキャラの書き分け、演じ分け非常に得意としていますし、
②の音楽も既存の音楽ではありますが、事細かに書いてるシチュエーションによって掛けるの変えていて、聞きながら音楽を非常に意識しているのでこれも実は当てはまっています。常に美しい、創作に合う曲を幅広いジャンルから日常でも探していますし。
③の衣装や風景も、私は実は絵も描きます。漫画も描き、頭の中に浮かんだ小説の先の展開や、自分で大好きな小説のシーンなどは絵や漫画に描くので、視覚的な描写も非常に意識しています。今すぐ【ジグラート】を実写化しようってなっても各キャラの衣装とか「こんなんがいい」って言うのははっきりと理想形が頭の中に浮かんでいますし、漫画とかに描いてるということは、演じてもらう俳優の雰囲気の理想なんかも実は捉えられているわけです。
④私の作品の中には、【セリフの無いシーン】がかなりあります。
というのも岩井さんが映画やアニメをこよなく愛するように、私も海外ドラマとスポーツというジャンルをこよなく愛しています。海外ドラマとスポーツの魅力の一つがこの「言葉が無い瞬間に、色んな人間の感情が現われている」という部分。
海外ドラマは創作ですが、
特に注視するのはスポーツです。私はスポーツも本当に多彩なジャンルを愛好します。何か一つでは全くありません。大切なのは自分が面白く感じるスポーツかどうかなので、全然マイナーとかメジャーとか関係ありません。面白ければマイナーでも全然愛好します。ちなみにこの前行われたミラノコルティナ冬季五輪では「折角だから」普段自分がまだはまったことの無いジャンルを見てみようということで
【ボブスレー】
【バイアスロン】
【アイスホッケー】
の三つに絞り、これらをしっかり見ました。
どれもすげぇ面白く、機会があったらこれからも見たい🥰って思うスポーツに格上げされたわけです。
岩井さん、どうでしょうかミラノコルティナ、多少なりともご覧になりましたか?
私は恐らく日本人が「金メダル取れそうだから」みたいに見たボード系とか、人気どころの「フィギュア」とか一切見ておりませんでした。
自分自身で、今回のテーマは「折角だから見たことの無いスポーツを見よう」に設定したからです。
何でこんな話をするかというと
スポーツは本当に創作を学べるからです。
競技中、アスリートは「セリフの無い戦い」を繰り広げます。
【カーリング】なども少し見ましたが、【カーリング】などは相手のターンと自分のターンがある、ターン制です。
つまり相手の放ったストーンの状況を見て、こちらが次にどうすればいいかを考える。まあ【氷上のチェス】とも言われる所以ですが、つまり相手の攻撃を敵も見てるのです。
その時に彼らは「こうなって欲しくない」みたいなイメージも捉えていて、まさに敵がこうなって欲しくないと思っていた絶妙な場所にストーンを置いて来た時は唇をかみしめて目を閉じる一瞬の表情などがカメラに映っているのです。
私がスポーツを見ていて、最も好きなのはこのカメラに選手の言葉にならない表情が映っている時で、こういうのを探してスポーツを見ています。
【ボブスレー】なんかはそりに乗り込むタイミングが勝敗を分かつので、スタートする前にそりを押す者同士で拳を合わせて「行くぞ」という合図を送りだしたり(ヘルメットをしているので声が聞きづらい)。スタート前には腕を組んでそりに寄りかかり目を閉じて精神集中してる選手などもいて、こういう喋っていない時の選手(キャラ)の言動など私は観察するのが大好きです。だからこそ、自分の作品でもセリフが無い時のキャラの行動とかに拘りがあり、そこも大いに書き込みますね。
【バイアスロン】なんて銃で的を撃つポイントありますが、出来るだけ早く5発命中させなければならないところを最初の2発を連続で外してしまった場合、3発目は数秒呼吸を整える時間に割いても、必死に目を閉じ間合いを取って、呼吸をし、心を決めたように目を見開いて再び撃ち始める「劣勢の時の射撃」などは私非常に魅力を感じましたね。
【アイスホッケー】は絶え間なくリンク上に定数内ならば選手が入れ替わってプレーをします。つまり時間帯によってはベンチに下がっている選手たちもいますので、自分たちが外にいる時に敵に点を奪われた時などはベンチに下がっている選手などが俯いたり側の壁を拳で叩いたり顔を覆ってたりするのも、「思わず出てしまった感情」であり、あれもドラマならセリフの無い演技、なのです。
つまりですね……
こういうものにそもそも魅力を見い出せないのであれば、俳優がセリフの無い演技をした時にも監督はその魅力に気づけず、通り過ごしてしまうはずだということなのです。
私は海外ドラマでもスポーツでも「セリフの無い時」を一番重視しますので、一瞬たりとも見逃しません。しかも良作の海外ドラマとかは何百回も繰り返し見るタイプですからね。些細な言動も見逃さず、「うーん!! この一瞬の演技、いいねぇ!!✨」なんて言ってますし、突然「あのドラマのあの俳優のあの一瞬の絶妙な表情が見たい!!!💦」と思い慌ててみることもあるほど。
どうですか! 岩井さんはセリフの無い時の人間の表情や言動にどれくらい意識払っていますかね?
私のようにものすごくそこに注意を払っているならば、自分の作品内でも淡々とした説明文などは書いてないはずです。私の作品は「地の文」「説明文」でも非常に魅せますよ!! 全て海外ドラマとスポーツを愛好し研究しているおかげであります!✨
⑤はもうこれだけ書けば分かると思いますが、私は文章を頭の中で考えるというより「映像化」を脳内でしています。それを文章化している、という言い方の方が適していて、自分の脳内で風景、キャラの心境、建物内の雰囲気など、全てイメージ化して捉えられている限り、どんな描写だろうと文章化が出来ます。
だからこそ私が多彩な趣味を持ち、多岐に渡るジャンルに普段から興味を持つことは非常に重要な事なのです。
最近の出来事ですとNASAの【アルテミス計画】ですかね!
岩井さんはどうですか! ちょっとはご覧になりました? スペースシャトル打ち上げには色んな科学の力が結集していますが、結局のところ天候が悪いだけで発射できないくらい繊細に地上の自然に予定を左右されたりします。
打ち上げする時の人間たち、科学者たちの緊張感。
管制室の空気、雰囲気。
打ち上げを成功してから、ガラッと管制室の空気は変わり、宇宙の旅をクルーたちと共に楽しみながらサポートするんだ、っていうワクワク感も生まれて来ます。
そして宇宙船オリオンが宇宙から送ってくれた【宇宙】の写真、動画……そこから伝わって来る、宇宙空間のあの圧倒的な闇。
でもそこには光もあって、
太陽、
月、
星、
地球。
闇の中で輝く天体たちのあの不思議な【異質】。
私は宇宙も大好きなのであの十日間、毎日時間の取れる限りオリオンの動向気にして見続けました。
NASAはもう宇宙計画で死者を出しています。
今回の宇宙船オリオンは人類史上最も遠い場所に行って、地球に帰還しました。
つまりその最も遠方に行っただけの疲労が宇宙船自体にあるはずなのです。
だから本当に地球に戻る大気圏突入の時は私もものすごく不安でした。
帰って来た時が一番やっぱりある意味危ないのです。
大気圏突入する時、船体は高熱に包まれますが、これも動画になっていましたが本当に火の玉のように熱波に包まれて地球に飛び込んで来るのです。
私でもうわああああああ!!!!💦ってなったのに、あの中にいる宇宙飛行士さんにも家族や友達はいます。あれを見たら家族や友達はうわあああああ!!! どころじゃないですよ。
小さい息子さんとかいたらうわあああああああん!!! パパーーーーーーっ!!!💦💦ってなります!!!
そんなこと考えたら他人ですけど無事に帰って来てくれーーーーってなりますよね!?
オリオンが無事に着水した時は、さすがに私も涙出ました。
着水時通信機器のトラブルがあったのでしばらく内部の声聞けなかったのですが、他の連絡方法で「中の皆は無事だよ」と宇宙飛行士さんが連絡を付けてくれたので、無事だった~~~~~~って分かった時無茶苦茶嬉しかったです!
他人です!! むっちゃ他人です!! なんなら国籍も違うが!!
でもやっぱり嬉しくて泣きました! 無事に帰って来てくれて!
どうですか! 岩井さんは他人の為に涙とか流されるタイプですかね?
私は無茶苦茶真剣に生きる他人の事情とかに思いを馳せて泣くタイプです!!
自分の為にはほぼ泣きませんが、真剣に生きる人の姿にはやはり本人も、それを見守る人たちの姿も胸を打ちます!
こういうものも監督には非常に重要な要素なのではと思いますね。
だって他人の事情に思いを馳せて胸を震わせることが出来ないようでは、自分だけじゃないですか。
創作は他人と共にあるために作られると私は思っています。アマチュアは自分の為だけに書いてる人いますが、プロの仕事は他人と共にあるために作られるものです。
なのに他人に思いを馳せられないようでは、これもまた監督の素質に欠けていると思いますね。
⑥はもう圧倒的遵守です! カクヨムはPVやらランキングやらを付けて来ます。コンテストも開催していますが、基準はよぉ分かりません!😇 私は自分の作品に絶対の自信を持っていますが、幾つか参加したカクヨムのコンテスト、かすりもしませんでした。
しかし、じゃあどういう人がかすっているのかな? と見た時にこんなすごい人たちが出ているのか……じゃあ私如きかすらないのは当たり前だ……と打ちのめされたことが一回もありません!!!!! 揺るぎなく自分の作品は最高だ!! 誰よりも面白い!!✨という自信が益々湧くほどです!
では何故そんな最高な作品がカクヨムのコンテストでかすりもしないのか?
書き方でしょうな!!!😊 あの一話20000字くらいで書いてきよる私の書き方!! あの形態がカクヨム的にはひたすら気に食わんのでしょう! わかる! 分かるよ!! だが悪いが私全然カクヨムで一生生きて行こうなんて思ってないので全然あんたらの基準とかに合わせる気ない!!!
私は最終的に自分の作品一冊の本にまとめるのが夢なので、1話2000字内にしてくれ読みやすいからなんて絶対に従いません!!!
そんな本的に全く意味のない作業なんか死んでもしねえ!! カクヨムのコンテストでかすりもしなくても全然当初よりあの形態でも読んでもらえるようになってるもん!! じゃあ全然どうでもいい!!
岩井さんはどうですか 出版社や編集に言われたり拒絶されたりかすりもしなかったら自分はダメなんだとかすぐ揺らいじゃったりしてませんか?
あの人たち中には「一冊売れればそれでいい。それ以後売れるかなんかはなから期待してない」みたいなビジネスマンもいますよ。それは【いい作品を拘って作る】とは全く相反する思想なので、なんでも業界の人間の言うことだからって鵜吞みにしない!
自分の目で自分は自分の読みたい話を自分で書けている!!✨
って判断出来るなら何にも恐れることはないです!!
この世にはちゃんと必死に、真剣にプロになりたいと思って話を書いてる人もいます。
そういう人に見てもらえれば「いい話書いてる」と絶対に分かってもらえます。
なんやこいつの考え方💢などと思うような奴に認められなくても一切気にしないでいいのです! この人の考え方素晴らしいな~~ってそう思うような人に自分の作品をいいって言ってもらえたら全然大丈夫です!
私はその辺りのこと分かってるので、自分の作品を否定する人とかいても全て弾き返してやります!!🥰
⑦風景描写はお得意ですか? 私は美しい風景も大好きで、特に海外風景をこよなく愛します。自然も、観光地も、街並みも大好き。海外のカフェ風景も見ればアフリカのサバンナの圧倒的自然も見ますし、大聖堂も見れば、最新鋭の近代建築も大好きでとにかく風景が大好きです。
当然、そんな私の作品では風景描写も見所の一つ。
私が最も得意とするのは戦記物の長編です。
戦記物というと、戦闘描写ばかりに気を取られて風景全く書き込めない作者もいます。
つまり、彼らは普段から風景に対する認識度が低すぎるのです。
自分自身が風景に対して優れた感受性を発揮しないのに、作品内にだけ都合よく風景を意識できるはずがないです。
どうですか。風景描写意識して書いてらっしゃいますか?
そして⑧。
私が岩井さんが今回書き込んで下さった文章で一番気になったのが⑧です。
コメントからは映画やアニメ、それを作り上げる【監督、監督業】への憧れが強く感じ取れました。
というかまず「僕は好きなのですが」と口に出していること自体からもそれを強く感じ取れます。
パッチワーク、のニュアンスは私にはちょっとよく分からないのですが、
私の経験上、何かに憧れるということは勿論素晴らしいことです。何かへのリスペクトですから、いいことなのです。
しかし【創作者】にとっては何かへの憧れが強すぎると無意識や潜在的にも憧れの模倣に自分自身が成り下がってしまうことがある為、非常に危険な思想であることも事実なのです。
私は憧れてる作家や、監督は皆無です!!
勿論大好きな小説や物語、
大好きなドラマや映画はありますよ。
ですが、そういう人でも「今回の作品はなぁ」みたいなのは必ずあるので、心酔するほど憧れる人はこの世に一人もいません!!
ミケランジェロ様とか
チャイコフスキーさんとか
ガウディさんとかは作る何もかもすげぇなオイとかは思うことはありますが!
まあ別に全然彼らの模倣とかはしてませんしな!
そもそも私が憧れの人を一人も持たない背景は、子供の頃から、好きなものを好きなように全く見れない環境下に長い間あったからです。
わたしが好きなものを好きなように見れるようになったのは大学時代。
それまでは一切自分で望むものを見たり出来なかったのです。
こんなに大好きな海外ドラマとスポーツも、大学前は一切知りませんでしたし、見れませんでした。
よく「幼い頃から○○が好きで」とか言ってる人いますが、
私はあれが皆無なのです。
持てるなら持ちたかったですが、持つことを許されませんでした。
私の創作がどこからやって来るかというと、学校とかで友達が「あれ見た? 楽しかったよねー🌸」とか言ってるのを聞いても、自分は見れず、話についていけなかったので、いつしかみんなが言ってた話の先ってどうなるのかなぁ、こんな感じになるのだろうか? 私も見てみたいよー と思ったことで、【自分なりに先を想像してみて、想像して書くようになった】ということが最初の原動力だったと思います。
みんなが楽しがっている、
同じものが、
私も見てみたい!
っていう願いがあった。
だから友達からの情報をかき集めて、アニメにしろ漫画にしろゲームにしろドラマにしろ、「あの感じだったら先はこんな風になるのかな?🤗」などと想像して書いていたのです。
そのうち、
自分の想像通りに実際なっててもなってなくても、どちらにしろ楽しい✨ことに気づき始めました。
私は子供の頃から、誰にも憧れなどは持たなかったのです。
岩井さんが表現したいのは、自分に感動を与えてくれた作品への憧れでしょうか?
それとも「自分自身にしか書けない世界を書きたい」でしょうか。
自分自身がプロになりたいならば、
他の人間への憧れなどは一切捨てるべきだと私は思います。
その憧れこそ、何か自分自身のアイデンティティを作品に追及出来ない最大の原因なのでは。
スゴイあの人のような作品を自分も作りたいと願っていては、
スゴイあの人の作品の支配や影響下からは永遠に出れないのでは。
私の愛するスポーツ界で、あるジャンルのある選手が決勝前にチームメイトにこう話したそうです。
【(決勝の対戦相手への)憧れを捨てよう。
憧れてしまっては相手を越えられない。
僕らは今日、彼らを超えるために、
優勝するためにここに来た。
だから今日一日だけは、
彼らへの憧れを捨て、
勝つことだけ考えて戦おう】
と。
別にこの選手の圧倒的ファンでもなんでも私はないのですが、
このセリフは本当に創作界においてもこの通りだと思いますよ。
中途半端な話を書く作者に非常に多い傾向で、要するにその作者が何に憧れているのかが、作品から透けて見えてしまっているのです。
異世界ファンタジー書いてるけど戦闘描写や恋愛描写に色気が無く、やたら世界観の設定に拘る人とかは、ああ海外の児童文学系ファンタジーに憧れて生きて来たんだろうなーとか。
やたら勢いあるしキャラ設定も多彩だけど、セリフに深みが無いなあみたいな作品の場合は、この人既存のアニメ憧れが強いんだろうなーとか。
政略結婚とか書いてるわりに政治情勢設定とかが粗い場合 そなた恋愛漫画しか見て生きて来なかったであろう?😇とか。
やたら「ステータス」「スキル」「ダンジョン」なんかに拘って、物語の内容がほぼ無い人とかは「どうせゲームやるならオンラインで大勢と騒ぎながらやるモンハンの素材集めとかダンジョン攻略系ゲームだけじゃなくて一人で押し進める良作のRPGとかもたまにはやれ」と思いますし。
とにかく中途半端な作品を作る人は、憧れが透けて見えるのです。
もう負けてる。憧れに。
そういう人は絶対作品が憧れに負けてます。
自分の感性を磨いたり、自分の興味を広げ、意識を広げ、視野を広げ、自分を知る。
自分がどこまで書ける実力なのかを知り、
自分がどんな話に惹かれて、一番書きたい世界はなんなのかを知る。
自分の美点も、弱点も知る。
美点は磨き、弱点は補う努力をする。
そういう自分が確立された時、
憧れを持つ相手とも対等に戦い、それ以上勝ることも可能になる。
これはスポーツを見ていて私が得た心理ですね。
まさに孫子の言う
【彼を知り己を知れば百戦殆からず】。
戦う場合には、敵と味方の両方の情勢をよく知った上で戦ったならば、
何度戦っても敗れることはない。
まさにそうなんですよね。
魅力的な良い作品を書くためには、
敵(この場合、自分に影響を及ぼした憧れの人や、ライバルとなるような優れた書き手のこと)と味方(自分自身)両方の優劣長短をよく知ることが大切であるという意味のことわざなのですが、
私は作家として座右の銘を上げろと言われたら候補の一つ、これです。
自分のこともロクに分かっておらんような書き手は、大した話は絶対に書けません。
そして自分の考え方や出来ること、能力が確立され自分で把握出来るようになれば、敵、ライバルとなる優れた相手の文章すら、冷静に分析出来るようになります。
分析できれば対処の仕様はあります。
その為に、【魅力的な文章を書くためのコツや技術】を幾つも引き出しとして持っていなければならないのです。
昔の軍師で言うたら「戦術」のようなものですね。
私はこの【魅力的な文章を書くためのコツや技術】、幾つも独自に編み出して保有しています。
だからどんなに強い敵が出て来ても「対等に私は戦える!!!」という自負があります。
誰にも憧れない強い自我と。
自分の有限をしっかりと把握する冷静な分析能力。
この二つがあれば、
例え今はここまでしか書けないにしても、この先も色んな創作にまつわる研究を続けて成長は続けて行けると思うし、今の有限をもっと高い水準に底上げすることも出来ると思います。
つまりこの二つがあれば創作者として、死ぬ時まで永遠に成長していくことは出来ると思いますね。
繰り返しますが誰かや何かに憧れることは素晴らしいことです。
しかしそれを自分の壁や天井にしないこと。
「あんな人には敵わない」
そう思ってしまった時点でその人の作る作品は常に誰かの下です。
やはり監督に一番大切なのは「自分の見ている世界が一番素晴らしい! この素晴らしい世界を多くの人に伝えたい!!✨」という部分だと思います。
え~~~~~~~近頃丁度考えていた部分にも重なったことで、色々考えていたので長くなってしまいました。
返信ではなく新しく近況ノートに書いたのも、私の話したかったことと若干内容が被ったからです。
岩井さん、大変よい話題提供、ありがとうございます🤗✨