ふとこのドラマ見てて思うんだが……
この話ってもしかしてこの先【歪み理論】になるのかな?
主人公と父親の亀裂はもう決定的だけど、思想的には相棒は主人公の父親に非常に憧れている所がありそう。
もしかしたら主人公と父親は精神的にも決別するが、
相棒と主人公の父親は同心するのかもしれない。
これもすっごい魅力的な【歪み理論】だっ……!!✨
そうよ親の遺産とか偉業とか精神を息子が引き継がない 息子の友人が引き継ぐとかも歪み理論ですよ。そこずらして来るの非常に好き。
父親の聖剣エクスカリバーを息子が引き継ぐなんて普通過ぎて全然つまらん。
出来れば父親の聖剣エクスカリバーは息子の親友が受け継いでいただきたいと思っている私にとってはもし今後このドラマ相棒の方が主人公の父親に傾倒していくようなとこあったら無茶苦茶展開好みだなぁ✨
私は今分かっていることベースでこうやって海外ドラマとか今後の展開とかも自分なりに予想したりするのも大好きです。
そういうことすると、別に予想通りになっても予想通りに全くならなくても楽しいんだよね
そういえば、アマチュアの作品って格段にこういう「予想遊び」が出来ないものが多い。そこは「他人が書いた話」というのも全然関係ないのでプロもアマチュアも同じ条件のはずなのに。
でも確かにアマチュアの話は土台や設定の基盤がちゃんとしてないので、そういう意味で先を想像しにくい面はある気がする。
要するに、作品構造が下手で数式とかも滅茶苦茶だから、全体がどんな建造物になって行くか、想像出来ないのだと思う。
プロの作品は自由に書いていても「押さえている部分」は押さえていて、やはり設定の土台などがしっかりしている。だからなんとなくどんな建物になって行きたいのかとか、目指すべき方向性などは見えたりする。
アマチュアでも上手い人は書かれていない部分に興味を惹かれて想像したり、先の展開を想像したりするもんな。
話に惹かれたらやっぱり自然と先を想像したり、書かれていない部分気にしたりする。
書き方が下手な作品はそこまで興味持てないのだ。
そこまでキャラの書かれてない未来を想像する程惹かれない。
書かれてるものを読み取ることが精一杯で、こちらの想像力を刺激するまでには至ってない気がする。
良作の海外ドラマとか見てると常に頭が動いてるんですよ。自分の脳が。同時翻訳のように話を見ながら五分後の展開を自分の中で予測構築しながら見てる。
アマチュアだろうとプロだろうと、やはり良作を読むと私はこのメカニズムが発動するんですよね。
そしてアマチュアだろうとプロだろうとあんま上手くないなーこの話とか思うのはそれが雑味となって気になっちゃって全然先とか想像しなくなる
小さい子供の話とか聞いていても、言わんとしてることを必死に聞き取ってやることだけで精いっぱいになる感覚あるじゃないですか。
でも大人の、やはり豊かな考えを持ってる人と話していると話しながらもこの人はこういうことを言いたいのかなとか、こういう思想を持ってる人なのかなとか、色々ワクワクとして相手の喋る言葉以上のことに想像を巡らせる。
話ながらも色々なことを考えたり、考えさせてもらったりするけど、
小さい子供ってそういうのが全く発動しない。
とにかく相手が何を言いたいのか、聞き取ってあげようとするのがやっとなんですよね。
あれは多分、話の組み立てが相手が下手だし、内容もほぼ無いし、本人がとりとめもなく喋ってるでしかなくて、こっちの意見などはなから必要としてない、要するに面白い話をしようとか一切考えてない話だからなのだと思う。
幼い子供が「桜が綺麗」って言ったら本当に桜が綺麗なことに感動して言ってるだけなんですよ。そのことだけを伝えてるだけ。
でも大人が二人桜を見に行こうかつって二人で歩きながら桜並木の下を通っていたら、多分もっと色んな話題になる。「綺麗だね」と言いながらも、なんかその美しい情景の中で別の話をしたくなったりする。展開するんですよ。話が。
勿論大人だというのに全く実りの無い話をする人もいる。
要するに、実力の無い人の話と、良作を書く人の話って、
人間で言うと幼い子供と豊かな考えを持った大人くらい受け取る情報や含まれる成分の充実が異なっているんだと思う。
私は良作見たり読んだりすると必ず先の展開想像したりしますねやっぱり
それくらい心が惹きつけられるのだと思う。
やはりプロなら「この先どうなるの!?🥰✨」くらい絶対思わせないと駄目だと思う
だから自分が書きたいものだけ書いてても「ある意味」駄目だぞというのはそういう意味なのですよね。
プロは自分の書きたいものを書きながら、読者の心を引き込む様々な工夫や仕掛けをも作品に施して行かなければならないのだと思う。