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言わば全員志ある主人公みたいな連中

今さっき最近の世の中は 巻き込まれ主人公が増えたという話をしていて、私はあんまりそういうイメージがしてなかったのでそうなのか……と思っていたのなんでかな? と思ったんですが、

これ完全に私がスポーツ愛好家だからですわ。

主体性の無い主人公が創作で増えていても全然見てない私はその流れに気づいてませんでした。

しかもスポーツはもう優秀なアスリートはみんなが見事な主体性と覇気と志のある主人公みたいなとこがあります。

「やりたくないのに俺はサッカーさせられてるんだっ……!!」とか
「転生したら天才サッカー選手だった!」とか
「ざまぁ系サッカー物語」とか
「俺は家族を人質にされてサッカーをやっている!」とか

現実のスポーツ界には全くありませんからね。
そもそも自分の為にスポーツをやってない奴はスポーツ界では淘汰されますし。

他人に巻き込まれたんだっ!!

なんて他人のせいにしたり他人を言い訳に使ったりしてる奴はプロのアスリートになれませんし、なったとしても大して大成しません。


何て素晴らしいスポーツの世界。


全てが自分の責任において行われている✨

最高です!!


当たり前のこと過ぎて気づいて無かったわ。

私は最近エンタメといえば海外ドラマかスポーツで摂取してるので、あんま主体性のない主人公が増えてるとか興味ありません。どうでもいいです😇 主体性が無く、志もなく、何かに巻き込まれて俺はやるしかないんだとか、俺は苦労しているんだとか愚痴る主人公などに1ミリたりとも人間としての魅力を感じませんので、やはり今時のそういう話は全然見なくていいってことですわな!


海外ドラマもトレンドなどはありますし、クソみたいな駄作もたくさんあります。
日々そういうものも増えています。


しかしやはり伝統は死んでおらず、主人公の描き方などは拘って書いている良作も不滅なので、今も随時素晴らしい良作はモリモリ生まれています。
この前見た海外ドラマも最高でしたしね!!✨


スポーツの才あるアスリートはもう長編小説のカッコいい主人公みたいなもんですし。
自分の力で運命を切り拓き、時に自分の力でチームを勝利に導く!✨

ノンフィクションがやっぱり一番最強です!!

創作などに、我が愛するスポーツ軍団の底なしのポテンシャル、太刀打ち出来んよ。

私はこれからもスポーツと良作海外ドラマの派閥で創作続けて行くわ



主人公にトレンドなど私はいらん。



主人公ぐらい「こうあるべき」という己の美学と話し合って決める。


私が何故巻き込まれ系主人公とか主体性の無い主人公の話嫌いなのか、なんかちょっとさっきの話で捉えきった気がします。

現実のアスリートたちと真逆の発想なんだな……あいつら!

なるほどです!✨

創作の今時など全然詳しくならなくていい。なるつもりすらないと私は思っていますが、

スポーツと海外ドラマだけは最新情報ドンドン取り入れて色んなインスピレーションをこれからも死ぬまで楽しみながら得て行きたいと思います。🥰




創作界の人が創作物しか見てないと本当に視野が狭くなると思うよ?




創作界の人が(小説を書く人)が創作物(小説や漫画)を読んでも別にいいけども、

たまには現実の人が演じるものや現実の人間の熱量(実際の演奏、舞台、要するにミスが出来ない緊張感あるもの。リアルタイムに紡がれていく現実の物語)に溢れているものにも触れた方がいいぞ。

じゃないと本当に書いてる文章にパワーがなくなっていくんだ。
そのパワーは、現実の熱から得るものなんだよ。

実感や魂だな。

そういうものをやっぱり作者自身が体験しなきゃ。

皆さん日常的に心が揺さぶられるものに出会いながら作品書いていますか?

私は毎日何かしらのスポーツと接してるので文字通り毎日心を揺さぶられております!

勿論その他にも現実の色々な魅力あふれているものにも触れてるし。

動物も現実の分類だ。

あんな可愛いもの創作では到底生み出せん!🥰

動物を一時間眺めているだけでも、創作に役立つ色んなものを私は貰ってるんだろうなぁぁぁぁ✨ 

本当に、私の心をその魅力で揺さぶってくれる数多のものたち、ありがとう……!🌈

2件のコメント

  •  七海さんもたいがい、世間に喧嘩売ってますな。『虞翻に似ている』と言うのも納得です。
     いや、私はあんなヤンキー野郎と関わりたくはないですけどね。荀彧あたりと礼儀正しく政治談義をしていたいw
     しかし!

     ノンフィクションがやっぱり一番最強です!!

     というのには、全力で同意します。
     私はそのことを『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子著 早川書房 ノンフィクション)を読んで思い知りました。
     この本、『本の種 〜藍条森也の読書感想記〜』で紹介していますけど、東日本大震災のあと、被災した製紙工場を再稼働させようとする人々を描いたドキュメントです。
     そこに描かれる人々の姿がとにかく尊い。
     勇者でも、英雄でもない、ただの人間が『日本の出版文化を守る』との一念で少しずつ、少しずつ、工場を復興させていく。
     そして、その苦労が報われる瞬間。
     もう、涙なしでは読めません。
     人間のすごさ。
     人間の素晴らしさ。
     それを、教えてくれます。
     
     現実の感動の前では、フィクションの感動など無意味。
     
     そう思い知りました。
     この本を読んで以来、私はフィクションの存在意義を『目指すべき未来を提示する』ものと定めました。
     ジュール・ヴェルヌの『月世界に行く』がひとりのロケット少年を育てあげ、アポロ計画に結実したように、人々の前に『未来』を見せつけ、そこに向かって動かす。
     それこそが、フィクションの存在意義だと。

     もちろん、それがすべてではありませんよ。
     気軽に楽しめる物語だって、世の中には必要です。しかし、そういう志というか、基本というか、そういうものは持っている必要があると思うのですよ。
     でないと、どんどん堕落してしまうだけですからね。
     そして。
     ごくこく稀には、人間の創作が現実を超えることもあるのです。
     『青銅縦目仮面』で検索してみてください。
     そして、出てきた画像を見てください。
     ぶっ飛びますよ。 

  • ↑藍条さんの話を聞いていると、圧倒的共感というより、違う流派の剣豪同士が刀をぶつけ合っている時みたいな、刀同士が触れた時だけ無茶苦茶共感感じられるが、飛び退って間合いを取り構え直した時は紛れもなく違う流派の美学を持っていて、自分と何もかも同じではないと強く感じる部分もあるのが無茶苦茶面白いです🥰

    ノンフィクションの凄さ!! やはり藍条さんもお気づきでしたか!!

    やはりこの部分を知っている人の作品って熱量が違います!
    創作だけで書いて無いんですよ。実感や熱がある。
    ファンタジーだけを摂取してファンタジーこそ最高だと思っている人の書いているファンタジーは空虚であることが大半なのです。
    でもファンタジーを愛しながらも現実の世界、ノンフィクションの凄さにも心を開き理解している人が書くファンタジーはやっぱりスゴイです。
    この二つには明らかな違いが作品に現われていて、
    絶対に判別が出来ます。

    藍条さんの作品からは異世界ファンタジーを書いていても、この、現実の熱量をはっきり感じるので、そうではないかと思っていたんですが、やはりそうでしたね!✨

    私のフィクションの意義は【最も理想とするべき現実に、フィクションで限りなく近づこうと努力を続けること】です。

    藍条さんと明確に私が違う部分は、「ごく稀に人間の創作が現実をこともある」という部分かもしれません。
    私はここは「決して創作は現実を越えたりすることはない。現実が創作の頂点にいつもある。だからこそ、作者は常に全力で挑むことが必要とされるし、挑まなければ良作は生み出せない」と思っています。

    ここはスポーツの凄さに裏打ちされているので、決して他人に覆されることはありません。

    スポーツこそ台本の無い完璧な物語。
    そして実際の人間の人生こそ、最高の小説です。

    これと「最高の創作」が戦っても、
    一言で「でも現実の方がすごいよね」で論破されます。

    要するに私は、【創作】と【現実】は戦うべき対象ではないと考えています。相手にならないので。

    だから私の中で【創作】とはあくまでも【理想を追い求めて紡ぐ】ものだと思っています。
    どんなテーマであれ、作者が思う、理想の形を託して、思い描いてみる、試みそのものですね。

    真面目なテーマだけが尊いとか、人を笑わせるようなジャンルが低俗だとか、そういうことではなく。

    とにかく作者がテーマを定め、「書きたいこと」をちゃんと明確に持ち、全力で、様々な執筆技術を駆使して魅力的な話を書くこと。
    その体の内側に、物語を生み出す泉のようなものを持った人間というのがこの世にはいるので、そういう人たちが最大限に力を発揮して創作をする。

    そういうものは【現実のもの】でなくても十分に人の心を揺さぶることが出来ます。

    それに、現実の凄さは、ある意味その人の物です。自分のものではない。
    でも素晴らしい創作はある意味で「人生最高に大好きな本」として墓場まで共に持って行けます。最後の最後まで自分の人生の友になり、支えになってくれます。
    そういう意味では、素晴らしい創作は人の孤独まで癒す力があります。人を動かす力も。

    人間の生涯の最高の支えにも友人にも成り得る可能性を秘めているのが【優れた創作物】だと思います。

    現実の凄さは、未来そのものを切り拓いて行ける力そのもの。

    創作で月に行くことを書いても全然ちっとも凄くありません。
    しかし現実に月の裏側にまで行って、地球に戻って来ることは、凄まじいことです。

    そういう【創作】と【現実】では役割が違うと考えています。

    いや藍条さんどう考えても荀彧様と礼儀正しく政治談議してたいタイプじゃないでしょ!!😇 確かに平和を重んじてらっしゃいますからグフィのように定期的に熱湯吹き上げるイエローストーン国立公園の間欠泉みたいな奴は好きじゃないと思うけど、荀彧様とお茶飲むタイプでもないでしょ! それなら私だって荀彧様とお茶飲んでその生き方だけ聞いてるだけで幸せに思える方ですよ! 虞翻は確かに間欠泉ですが、熱湯吹き上げない(喧嘩売らない)相手もいますよ! ごくわずかにいるんですよ。虞翻のようなタイプにも、この人にはなんだか喧嘩売りたくないなあと思うような人が。

    私は完全に虞翻に似てるタイプなので分かるんです!

    私も大概の奴どうでもいいですが、この世に、会った瞬間この人には喧嘩売りたくないな、穏やかに話したいと思う人いるんですよ。

    私の相棒(?)は虞翻で全然いいですけど
    藍条さんの相棒絶対荀文若じゃねえよ……貴公もっとヤンチャでおもろい奴やろ!!

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