※本作は長編のため、章ごとにあらすじをまとめています。
物語の流れを辿る一助として、ご覧いただければ幸いです。
【第10章まとめ|命令と取引とお願い】
時間は、第九章でハンサンの密議が開かれた日の朝へ戻る。
夜明け直後、エルドウルフはニカ領主の次男シュランを訪ね、父サリム宛ての書状を書かせた。文面に加えさせたのは、その日の日付と時刻。今朝、遠く離れたクワルノーでシュラン本人が書いたという事実を残すためだった。
城へ戻ると、フィーラへラクトゥまで連れていってほしいと頼む。人と会う場へ同席しても構わない。ただし、何があっても見ているだけ。力は使わないでほしい。
フィーラは少し考え、約束すると頷いた。
二人が降り立ったのは、運河を小舟が行き交い、荷車、商人、旅人で賑わう商業都市ラクトゥ。
エルドウルフは「今日は客なんだ」と城門前の列へ並ぶ。その一方で、白金の髪を人々へ晒し、身分証明として王印環を差し出した。
王印環は門兵から城務官、侍従長、副官へ渡り、領主サリムのもとまで運ばれる。本来なら本人の前で確認し、その場で返すべきものだった。しかも門前には、王太子らしき若者と王印環を見た多くの目撃者がいる。
もう、ただの旅人として追い返すことはできない。
仕掛けを理解したサリムは、エルドウルフを城へ迎え入れた。
持ち込まれた用件は三つ。
命令。取引。お願い。
最初の命令は、前夜ラクトゥへ入ったハンサンの一行へ、余計な手出しをしないことだった。
ニカの治安を預かる領主として拒むサリムへ、エルドウルフは朝、シュランに書かせた書状を差し出す。同じ日の朝、クワルノーにいた者が、すでにラクトゥにいる。理屈の外にある力を示しながらも、城壁を越えず、家人も傷つけず、書状を一通書かせただけだった。
監視をやめろとは言わない。見張るだけなら構わない。だが、近づくな。探るな。接触するな。
一人が消えれば次を送り、やがて小競り合いとなって引けなくなる。命令はサリムの権限を奪うためではなく、ニカが争いへ踏み込む最初の一歩を止めるためのものだった。
続く取引は、アルマー渓谷へ高さ二十メートルの鉄の落とし門を造ること。
ニカの鉄と職人、河川輸送を使い、相場の三倍を支払う。停戦している今のうちに国境を固定し、次の戦を起こさせないための門だった。
さらにエルドウルフは、サリムが王都を見限り、ニカの独立を考えていることまで見抜く。
自領を守ろうとする判断は正しい。だが、各地が同じ選択をすれば国は割れる。独立したニカは、サリムの孫の代まで残るのか。
「王は守らない」
「守らなくて済む形を作る」
「卿の孫が戦場に立たない未来を買いに来た」
自分が王となる前から、数十年先の国境と、まだ生まれていない世代まで見て動く者。
サリムは、エルドウルフが王座へ届く人間だと認めた。
三つ目は、お願いだった。
「商売だけが分からない」
政治も戦も、税も予算も分かる。それでも、自ら物を仕入れ、売ったことはない。商人が何を見て街を選び、領主が何を整えるべきなのか。その術を教えてほしいと、エルドウルフは頭を下げる。
サリムは、自らの商会を一つ預けると答えた。
商品、馬、船、仕入れの資金はエルドウルフが負担する。サリムが貸すのは、人材、信用、取引先との繋がり、倉庫と拠点。そして、すぐに商いを始められる仕組みだった。
願いを受けたサリムは、自分の願いを一つ返す。
ラクトゥの水路を塞ぎ、次の大嵐で市街を呑みかねない巨大な岩。
エルドウルフは水の流れと角度を測り、人には動かせない半分だけを神力で削り取った。
「残りは人でやれ。雇用にもなる」
すべてを消して人の仕事を奪わず、その先を人の手へ返す。
サリムは、神力の大きさではなく、消すものと残すものを選ぶ意思を見た。
「そういう力なら、こちらも賭ける理由がある」
命令も、取引も、お願いも、サリムは三つすべてを引き受けた。
商会長が定期的に市場の動きをクワルノーへ運び、エルドウルフは自ら見たもの、決めたこと、疑問を書状でサリムへ送る。クワルノーが育つあいだ、二人で市場を見続ける仕組みも作られた。
帰り際、フィーラには、ミッドガロンから届いたスミレの砂糖菓子と、湯の中で花が開く工芸茶が贈られる。
命令によって争いの火種を避ける者。
取引によって、戦を起こさない国境を買う者。
お願いによって、自らにない知識を求める者。
そして、金でも命令でも得られない、人と信用、仕組み、問いを投げられる相手。
ラクトゥで得た贈り物によって、エルドウルフの仕事は三か月先へ進んだ。
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※本編は第1話から読むことをおすすめします。
時間がない方は本まとめからでも内容を把握できますが、
細かな心情や関係性はぜひ本編でお楽しみください。
カクヨム
第一章第1話〜剣を抱いて寝る王太子〜コチラから↓
https://kakuyomu.jp/works/822139843476473064/episodes/822139843476904824
第二章第11話 〜静かな帰路〜コチラから↓
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第三章第15話 〜英雄の帰還〜コチラから↓
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第四章第20話〜王太子領、始動〜コチラから↓
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第五章第30話〜白い花は石の山へ向かう〜コチラから↓
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第六章第35話〜皆の明日〜コチラから↓
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第七章第53話〜王太子の朝〜コチラから↓
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