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ストーカー小ネタ:ケアレスミス

テストで一番を取れなかったのは、はじめての経験だった。

別にそれを鼻にかけていたつもりもなかったけど、本来あるべき位置をなくしてしまったような反省が頭をもたげる。

私はいつも、頑張れば大抵のことはできた。
だけど、トップというとテストくらいだった。

運動は、上位そこそこだった。
全く習慣のない人には勝てるけど、全力で打ち込む人にはかなわない。
なにより、戸倉青葉という存在に対して、ほとんどの人はそこでのトップを求めなかった。


美術や音楽の適正はないとわかっていた。
子供の頃に出した賞では、「大人みたい」という講評がついていた。
けれど、それは子供の絵に求められる評価でないともわかってしまった。
天才とかセンスがあるとか言われる人は、写真よりもデジタル音源よりも心を震わせる表現ができる。

それは羨ましかったし、眩しかった。
でも、勝とうとは思わなかった。

努力を積み重ねた人が、私に勝って嬉しそうにする。
そのくらいの位置が、ちょうどよかった。

テストで私に勝った人は、少しは嬉しがってくれるだろうか。
男の子にしてはかわいらしい、おどおどした真面目な子。

嫌みにならないように気を付けながら、彼に「すごいね」と言った。
彼はあたふたしながら、「あ、ありがとう」と答え、目を逸らした。

「どうしたの?」
「いや、その。戸倉さんみたいな人に、話しかけられるの、慣れてなくて」
「私みたいな?」
「きれいな人。みんなの中心にいる、すごい人」

きれい。すごい人。
みんなに言ってもらえるのは嬉しいけれど。
いつでもその言葉は、私と他の人との間に線を引いていた。
でも、今私も簡単に、すごいって言葉を使っていたことに気づいた。

「薊矢くんって、そんなにずっと自習してるように見えないのに」
「と、戸倉さん、こそ。みんなの面倒を見たり、友達と遊んだり。調理実習まですごかったから、完璧だねってみんなうわさしてたよ」

「料理は、科学だから。正しくこなせば、同じ結果が出せる」
「その正しくこなすってのが、普通はできないんだと思うよ」
「ふふ。私の話はいいからさ。薊矢くんの勉強法、聞かせてよ。参考にする」

「役に立つとは、思えないけど」
彼はもじもじと、小さく呟いた。

「テストって、手紙なんだ」

聞いたことがない考え方だった。
彼は、当然のように全範囲を神経質にさらった後、先生の意図を考え抜いて先回りしているということだ。

「中学受験とか、ほら。ひっかけてやろうとか、考えをみせてみろとか、そういう感じでしょ?だから、相手が好きそうな答えをやってみせたらいい」

彼は、私立中学からわざわざ受験し直してうちの高校に来た。
確かにうちの方が少しだけ上、県内トップだ。それでも、そのまま持ち上がればよかったのに。

「なんか、受験って、そこで認められる感じがして。僕は、好きなんだ。だから、試しにやってみた」
彼いわく、塾のときに思っていたほど中学の空気には馴染めず、環境を変えたかったらしい。

そんな軽い気持ちで、安全なルートを蹴り飛ばした彼に興味が湧いた。
なによりも。
彼は、私に勝っても全然嬉しそうじゃなかった。

ああ、まずいな。
嫉妬なんて感情、私には求められていないのに。

次は勝つよ。
言葉にせずに、そう誓った。

***

期末テスト。
私は、宣言通り圧倒的に彼に勝った。
というよりも、彼が勝手に自滅したのだ。

高校の勉強についていけなかったなんて言わせない。
だって、彼のいた中学なら普通に予習している範囲だ。

がっかりした。
がっかりしている自分が、いやだった。
勝手に期待して、勝手に悔しがって。
それってまるで、私が今までされてきたこと。

「戸倉さん、おめでとう」
クラスメイトの鷺森さんが、静かに告げてきた。
「さすがね」
「……ええ、ありがとう」

私は、棘のある言葉をやり過ごした。
彼女は、前から私を嫌っている。
なぜかはわからない。でも、そういう人はたまにいる。

この子がわからないのは、それでも私の近くにいることだ。
沢沼さんみたく、距離を取ってくれるならわかりやすいのだけど。

「薊矢くんは、どうしたのかしら」
「薊矢くん? 別に、普通にケアレスミスとかたくさんしたんじゃない?」

ケアレスミス?
あの神経質な彼が、そんなことをするのかしら。

だけど思えば、前のテストでも何個か簡単な問題を落としていた。
それにしても、急に落ちすぎだと思ったけど。

教室の隅の彼と、目があった。
いや、そう思ったのは一瞬だけだ。

彼は、私を見ていない。
私のとなりの、鷺森さんを見ていた。
暗く、眩しく、何一つ見逃すまいと。
あの、全ての手紙に答えきろうとするねばついた目で。

私の視線に気づいて、彼はすぐに目を逸らした。

「……あー、戸倉さんったら、また変な男に狙われてるのかしら」
「私じゃないかもよ?」
「え?」
「鷺森さんって、かわいいから」

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