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入試終ったら書くぞー!

幼い時の記憶。
多分、私が七歳か八歳のころ。
その記憶は何故だかオレンジ色の光から始まる。

馬車の小窓から差し込んで沈みゆく太陽の光。
それから、ガタガタと荒っぽく進む馬車の車輪の音。
私の隣に座る母は、うつらうつらとしている。

「おかあさま……」

呼びかけても返事はない。
夕日に照らされているためか、それとも疲労のためか、影が濃い。

ねえ、どうして? 
どこに行くの? 
帰らないの?

聞きたい言葉は発せない。沈む夕日と共に、幼い私の胸の奥に沈んでいく。

どうしていきなり、それまで暮らしていた屋敷を追い出されたのか、私には分からない。
着の身着のまま……と言うには、着ていたドレスはそれなりに豪華だったけど……母と私は馬車に放り込まれたのだ。

幾人かの怒鳴り声。
母の抵抗するような声。

何?
何なの?

幼い時の私は、怖さよりも困惑を抱えていた。
馬車の中で母は、顔を覆って泣き、疲れたようにため息を吐き……、そして、うつらうつらと眠る……を繰り返した。
時折、馬車が停まって、休憩したり、食事を与えられたりはした。
けれど、会話などないまま、馬車は進んだ。

どれくらい馬車に乗せられていたのかは覚えていない。数時間とかではなく、数日間かもしれない。

私と母は、どこかの街で馬車から降ろされた。

「あちらの店で着ているドレスを売ることができます」

馬車の御者か誰か……男の人に言われ、母は私の手を引いて古着店に入った。

私も母も着ていたドレスや靴を売って、ごわごわして手触りの悪いワンピースに着替えた。
でも小さな首飾りだけは売らなかった。お母様のものも、私のものも。

「……服の中に入れて、隠しておきなさいね」

屋敷を出てから初めて、母は私に言った。

「……はい、おかあさま」

私は言われたとおりにかけていた首飾りを服の中に仕舞った。
金貨に似ている形。表には何かの花が、裏には「オードリー・K・プレスコード」という文字が彫られている。
オードリーは私の名前。プレスコードは家名。だから、この首飾りは身分証明のようなものなのだ。
服の上から私はぎゅっと首飾りを握った。

母は次に理髪店に私を連れて行った。
髪を切って売って、お金に換えた。
母の金色の髪はそれなりに高く売れた。
私のチョコレートみたいな濃いブラウンの髪はそうでもなかった。

「ごめんね、オードリー」

肩までの長さになった私の髪を撫でて、母は涙を流した。

「……大丈夫。それよりお腹がすいたわ」
「そうね。何か食べましょうね」

簡単な食事をして、乗合馬車で別の街に向かった。

母は私に何も説明はしなかった。私も聞かなかった。聞けばよかったと思うこともあるけど、聞いてもどうしようなかっただろう。

そうして、屋敷を出てわずか数週間で母は死んだ。

知らない町の共同墓地に母の亡骸を葬った。
母の首飾りをどうしようかと思ったけど「墓泥棒もいるから貴重な品は墓に入れないほうがいい」言われ、私は母の首飾りも首にかけることにした。

「ありがとうございます」

教えてくれた人に礼を言った。
その人は商人で、大きな店を構えているとのことだった。

「身寄りは?」
「ないです」
「……じゃあ、お嬢ちゃん、ウチの家の店で働くかい?」

突然の申し出。
身寄りのない子どもとなった私。売られることも警戒したけど。

「実は帳簿をつけるのが苦手でな。俺の字は汚くて読めないと従業員にぼやかれるんだ」
「文字……」
「お嬢ちゃんが書いていたその書類の字。きれいで読みやすい」

母の埋葬手続き書類を見て、雇おうと思ってくれたらしい。
ありがたかった。

それから、私は必死に働いた。店や街の人たちもおおむね親切だった。

働いて、働いて……。
二十歳になった時、雇われではなく、自分の店を開くことができた。

小さな店でも嬉しかった。
やっと自分の居場所を得られたと思った。


なのに。


二十四歳になった今。
私は自分で、その店を捨てる選択をした。
店も、国も、婚約者も。
全部捨てる。


ここは、私の居場所じゃなかった。ただ、それだけ。捨てる選択を悔やむことはない。

でも……。

私の居場所は、本当に落ち着ける場所は、どこにあるのだろう?



     ***



「オードリー、婚約破棄なんてされたら困るのはお前だろう」と、私の婚約者であるマイケル・L・マースデン子爵令息に言われたけれど。

ぜんぜん、まったく、困らない。
このまま婚約が継続されたほうが困る。

私は手にしていた書類を、店の会計台として使っている大きなテーブルの上に一枚一枚並べていく。

「婚約解消届と請求書よ。届にサインをしてくれるのなら、請求書はこの場で破り捨ててあげる」
「はぁ?」
「婚約者だからって、私の大切なお店で、さんざんツケ払いで買い物をしたわよね。ツケておけ、と言えば支払代金がチャラになるわけじゃないの。そろそろ耳をそろえて支払って。できないと言うのなら、裁判所に申請をして、強制的に回収させてもらうわ」

私の大切なお店。私の大切な居場所。ここで生きていくつもりだった。
……だった。過去形。

経営者が独身で平民の若い女であれば、あちらこちらからハイエナがやって来る。
みかじめ料を寄越せなんていうゴロツキ。詐欺や強盗。求婚者のフリをして店を乗っ取ろうとしたクズもいた。
儲けを出すよりも、対処に追われた。

対処……。
居場所にするはずだった店を捨てて、どこかに行くか。
それとも……後ろ盾を得て、居場所である店を守るか。

悩んだ後に、最初は店を守ることを選択した。
つまり、貴族の令息と婚約し、後ろ盾を得た。それが、マイケル様。

平民の女が営んでいる店ならどうとでも巻き上げられると見下してくる輩も、貴族がバックについている店には手が出しにくい。

ただ、正直に言えば、マイケル様のご実家のマースデン子爵家程度では、後ろ盾としては弱い。
だけど、親を亡くした平民の私にとって、これ以上高位の令息とは縁を結べなかった。
子爵位でも、居場所を守る鉄壁の盾……にはならなくても、一応の抑止力にはなった。
だから、婚約、ありがたいって思っていた。
運命の恋! とか。真実の愛! とか。盛り上がる気持ちはなかったけれど、感謝の気持ちを持って、マイケル様との関係を積み重ねてきた……つもりだった。
積み重ねていけば、店を守るための感謝だけではなく、愛と呼べるものも育っていくと……思っていた。過去形。

平民の商売女と婚約を結ぶのを承諾するくらいに資金に乏しいマイケル様のご実家、マースデン子爵家のため、私はいろいろと奔走もした。
たとえば陶器。
マースデン子爵領で、鉄分を多く含んだ赤っぽい色の粘土を見つけ、陶器を作ることを提案した。
できた陶器はちょっとしたものだった。
もちろん王族が使うような高級品が出来たわけではない。
かといって、普段使い用でもない。
裕福な平民、もしくは下級貴族。
そのあたりの皆様が、手土産や誕生日プレゼント用に使えるような、ちょっとだけ良い品物。最高級品ではないが、おもてなし用としてなかなかハイセンスな陶磁器。
莫大な儲けには至らなかったが、それなりに需要があった。マースデン子爵には感謝されたし、できた陶器を私の店で扱って、毎月コンスタントに売り上げが出ている。
私もマースデン子爵家も共に利益を得る、とてもいい結果になった。
おかげで、私が平民だということをマースデン子爵夫人からもネチネチと文句も言われなくなった。貴族相手の私の商売も順調だった。

ただ、マースデン子爵領の経済が好転していくにつれて、マイケル様の態度が変わっていった。婚約を結んだ当初の謙虚さがなくなって、私に対しどんどん偉そうな態度をとりだした。

友人をたくさん引き連れて、私の店に来て「ここがオレの店だ」と偉そうに胸を張るくらいなら許せる。マイケル様の店ではなく、私の店なのに。

だけど。

「どれでも好きなものを選べよ。みんなにプレゼントしてやるから」

支払いをしないで、店の商品を根こそぎ持っていくのは……許せない。

「無料配布はできません。お支払いを」

詰め寄った私に「うるさいな婚約者なんだから、オレの顔くらい立てろ」と怒鳴ってきた。

「それとこれは話は別です。代金も支払わず奪うというのなら、それは強盗や泥棒と同じ。被害届を出します」
「ああ、うるさい! だったらツケ払いにすればいいだろ! そのうち支払ってやるからさ!」

……同じようなことが何度も繰り返された。もちろん請求書を書いた。未支払いと明記し、購入者の欄にきちんとフルネームでマイケル様の名を書かせた。
支払期限は、購入日より一か月後とも書いた。
支払期限が迫っている、支払い期限は過ぎた。何度伝えても、代金が支払われたことはない。

だから、まず、マースデン子爵に支払い請求を出した。

最初は申し訳なさそうにマイケル様の散財を謝って、きちんと代金を払ってくれていたマースデン子爵。
だけど、十回を超える頃から「婚約者同士なのだから、直接マイケルから取り立てるか、もう君の店でツケ払いをやめさせれば良いだろう」と言い出した。

ツケ払いは駄目だと言っても、マイケル様はわたしの店の商品を持って行ってしまう。何とか請求書にサインはさせたけど、踏み倒す気は満々だろう。

マイケル様にとって、私という婚約者は、既に搾取してもいい相手になり果てている。

選択のミスを、心の底から後悔した。

こんなことなら初めから、マイケル様と婚約など結ばずに、新天地でも求めればよかった……。

私はマイケル様をギッと睨む。

「さあ、どうしますかマイケル・L・マースデン子爵令息。私、オードリー・K・プレスコードとの婚約解消届にサインをするのなら、溜まりに溜まった未支払いの代金をチャラにして差し上げますが。 婚約を継続するのなら、これまでマイケル様が私の店から強奪していった品物の代金全額の、即座の支払いを要求します」
「うっ!」

ちなみに金貨で百二十枚分だ。
即金で支払えるはずがない。



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2/10 双葉社Mノベルスf 電子書籍にて【前向き令嬢と二度目の恋 ~『醜い嫉妬はするな』と言ったクズ婚約者とさよならして、ハイスペ魔法使いとしあわせになります!~】2巻が発売になります!

記念に同一世界の別の主人公の話を書きます。

レシュマちゃんやクライヴ様、ルーク兄様も登場。
よろしくお願いいたします。


3件のコメント

  • わ、こういうの好きです。
    同一世界物も。
    続きものですよね?楽しみにします。
    入試無事終わりますように。(*´꒳`*)
  • 体調に気をつけて、入試乗り切ってください*\(^o^)/*
    投稿を楽しみに待っています
  • お二方ともいつもありがとうございます!
    がんばります!
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