まず、わたくし、オリヴィア・L・ヒューレットがディラン様に出会ったのは、わたくしが十歳の時。
ヒューレット侯爵家と、ディラン様のフォスター男爵家は領地がお隣同士だから、家同士のお付き合いはそれなりに長いの。
そう……ね、寄り親と寄り子の関係に近いかしら。
全面的に庇護をしているわけではないけれどね。
困ったことがあれば、手助けはする。
ま、その程度なのだけど。
ディラン様に対しては……、そうね、わたくしのお父様がその才能に惚れ込んだようなもの。
剣技の才能。
それは神様から贈られたと言っても過言ではない。
ディラン様は男爵家の三男。
家督を継ぐわけでもないから、騎士団に入るか、文官にでもなるか、自分の力で身を立てるしかない。
そこで、ディラン様は剣の道を選んだ。
初めて剣を持ち、それを振りかぶり、すっと振り下ろした。
それだけで、常人ではない才能だと、ディラン様のお父様は思ったのね。
下手な指導者では、ディラン様を教えることは無理だ。
だから、わたしのお父様に頼みに来たの。
「一流の師匠をディランに」と。
わたしのお父様もディラン様を見て、即座に騎士団への推薦状を書いたわ。
国を守る騎士団の中でも、特に才能のある者が集まっている『聖剣騎士団』にね。
そして、ディラン様は『聖剣騎士団』の『聖剣の騎士候補生』として、剣を学んでいくことになったの。
その後どうなったかは、誰もが知っている通り。
ディラン様は剣技を学び、『聖剣』に選ばれ、そして『聖剣の騎士』となった。
だから、わたくしの刑を執行するのも、ディラン様。
そう、わたくしの、願った通り。
ああ、先走りすぎね。
なぜ、わたくしが、『聖剣』に、ディラン様に、剣を心臓に突き刺してほしいのか。
その説明を飛ばしてしまったわね。
うふふ。
ディラン様は、わたくしの父、ヒューレット侯爵が一瞬で惚れ込んだ剣の才能の持ち主。
当然わたくしも……よ。
当時十歳だったわたくしは、十二歳だったディラン様に恋をした。
初恋だったわ。
なんて、素敵な人だろう。
多分、わたくしは、盲目的に、ディラン様を愛した。
薔薇園に誘い、手をつないで歩いて……。
思いっきりアプローチをしたわ。
淑女らしからぬと小言をいわれても、かまわなかった。
ディラン様が、好きだった。
……ディラン様も、わたくしに、好意を向けてくださったとは思うわ。
わたくしの父が、ディラン様を後援するからだけではなく、わたくし自身を、好ましく思って下さっていると……。そう思っていたの。
だから、お父様にお願いしたの。
「ディラン様を、わたくしの婚約者にしてください」
ディラン様の剣を後援するほどなのだから、もちろんすぐに承諾してくださると思ったわ。
だけど。
『『聖剣の騎士』になるのならともかく、今は単なる男爵家の三男にすぎん。たかが男爵家に我がヒューレット侯爵の娘を嫁がせるわけにはいかん」
それが、お父様の答えだった。
でも、わたくしは諦めなかった。
「では……お父様。ディラン様が本当に『聖剣の騎士』になることができたら……。そうしたらわたくしをディラン様に嫁がせていただけますか?」
お父様が推薦するほどのディラン様なら、『聖剣の騎士』にきっとなれる。
わたくしはそう思ったの。
お父様にも承諾を取り、ディラン様とディラン様のお父様にも承諾を取った。
だけど、正式な婚約を結ぶのは、『聖剣の騎士』になってからだと。
わたくしはディラン様に求婚をした。
「どうかお願い。『聖剣の騎士』になって、わたくしを娶ってちょうだい」と。
彼は二つ返事で承諾してくれた。
嬉しかった。
わたくしの未来は薔薇色だった。
……そう、ここまでは。
ああ……、今でも悔やむわ。
ここで、この時点で、正式な婚約を結んでおけば……と。
『聖剣の騎士』になってからではなく、この時点で。
わがままだと言われても、なんでも。癇癪を起してでも。
婚約さえ、していれば……。
不幸な出来事と言わざるを得ない。
我が国の王太子殿下のエリオット・G・グレンヴィル様。
そのエリオット王太子殿下の婚約者であったレイチェル様が病を得て、亡くなってしまったの。
主だった高位貴族の令嬢はすでに婚約者が決まっていた。
わたくしは……、ディラン様が、『聖剣の騎士』になったら、婚約を結ぶ……ということになっていた。
ほぼ確定の未来。
だけど、書面を取り交わしたのではない。正式な婚約ではない。単なる口約束。
そして、わたくしは、過去に王妃も輩出したこともあるヒューレット侯爵家の娘。
レイチェル様の後釜に、ちょうどいい。
だから、わがくしが、エリオット殿下の婚約者に決められてしまったのだ。
嫌だとわたくしは言った。
わたくしはディラン様と婚約を結んでいるのも同然だと。
泣いて、叫んで、嫌がった。
それでも……、お父様は王命に逆らえなかった。
わたくしは、泣きながら、ディラン様の元へと馬車を走らせた。
「どうかお願い。わたくしを攫って逃げてっ! 王太子殿下の婚約者などになりたくないっ! わたくしが愛しているのはディラン様だけなのっ!」
泣いて縋ったわたくしを、ディラン様は受け止めてくださった。
だけど、すぐさま逃げるのは無理だった。
わたくしが乗ってきたのは、わたくしの家の馬車。侍女も馬車の中に控えている。
騎士団の馬車を使うのも無理だろう。
使え前に、止められる。
だから、わたくしたちは。
夜中に待ち合わせて、こっそり逃げることにしたの。
逃避行。
駆け落ち。
ああ、なんてロマンチックなの。
わたくしはディラン様と結ばれるのなら、平民となってもいい。
今は何もできないけど、ディラン様の妻となれるのなら、働いてもいい。
ディラン様も、すばらしい剣技の持ち主なのだから、『聖剣の騎士』になることはできなくても、剣の腕で職を得ることくらいできるだろう。
贅沢でなくていいの。
ディラン様と二人なら、どんな困難だって乗り越えてみせる……。
そうして、わたくしは夜中、こっそりと部屋を抜け出して、待ち合わせの場所へと向かった。
月明りと星の明かり。
それが、わたくしの道を照らす。
夜中に一人、歩いていても、怖くなんてなかった。
ディラン様との未来。
それだけを胸に、希望に満ちて。
だけど……、待ち合わせの場所に、待ち合わせの時間になっても、ディラン様は来なかった。
月が傾き、東の空が明るくなって。
空が、漆黒から瑠璃色に変わって、太陽が昇って……。
それでも、ディラン様は、来なかった……。