連続更新ですみません、まともに生存意識あるうちにと……(前の近況ノート更新のしろさばさんSSもぜひ流さずにみてね!!!)
ちょっとTKGさんの作品のアストラム・コード、ルークさんのイラストを描かせてもらったところ(せっかくなので画像添付)、お礼にSSいただいてしまいました!(え?ちょっと豪華!?)
TKGさんといえば情景描写!
世界に入り込むファンタジー世界の感覚、たまらないですよね!
物語の入り口として、空気が感じられる描写を個人的に推しています
(もちろんそれ以外にもキャラクターの会話や世界の設定なども魅力多いですよ)
魔法学園×スパイのユニークな設定の作品
アストラム・コード ― 学園都市に封じられた禁忌魔法を奪え。―
https://kakuyomu.jp/works/16818622172500176201さていただいたSS、こちらの導入を補完する物語です
第2話 ノーリントン駅
https://kakuyomu.jp/works/16818093093051596455/episodes/16818093093053046702ギブソン視点をアルス視点で構成しなおしてくださってます!
す、すごい、まさに物語の入り口の世界への入場というか没入……!!
リンデルは蒸気機関車のシーンでスタートというのは自分の中でこだわりだった分、その世界を広げてくださったのがとても嬉しく!
汽車到着の揺れや音が聞こえてきそうです。これはヴィクトリア朝ロンドンだー!(あれ?)
ギブソンの立ち姿も具体的で軍人らしさが出ていてかっこいい!
丁寧な描写と作品ありがとうございました(*´-`)
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揺れに合わせて、深紅の革張り座席がわずかに軋む。
窓枠や荷棚には艶やかな木目のパネルがはめ込まれ、真鍮の金具が燻んだ光を放っている。
床には厚手のカーペットが敷かれ、踏みしめるたびにわずかに沈み込む感触があった。
列車の振動は壁伝いに座席へと伝わり、背に寄りかかると低くくぐもった唸りが骨を震わせる。
向かいの席では、初老の紳士が新聞を広げたまま浅い眠りに落ちており、斜め後ろでは夫人らしい女性が手袋を外し、窓外を物憂げに眺めていた。
長旅のあいだ、小さな咳払いと紙の擦れる音、カップを受け皿に戻す軽い音だけが時折響く程度で、車内は静かだった。
長時間焚かれた石炭の匂いが、磨き込まれた革と古い木材の甘い香りに混ざって漂っている。
だが王都が近づくにつれ、座席の背後からは衣擦れの音や低い会話がじわじわと増えていった。
窓ガラスの外を流れる景色はすでに建物が増え、遠くで煙突の群れが薄曇りの空へ白い煙を吐いている。
終着が、近い。
――胸の奥に、微かな緊張が芽を出すのをアルス・リブラルは確かに感じ取っていた。
最後のブレーキがかかる。
鋼と鋼が擦れ合い、耳の奥に針を押し込むような悲鳴を残し、列車はゆるく揺れを引きずったまま速度を落とした。
床板の震えが脛を伝い、靴底の奥でかすかに脈打つ。
アルスは手すりに添えた指でその鼓動を測る――五拍、四拍、三拍……そして止まる。
窓の外に広がるのは、巨大な鉄と硝子の胸郭。
肋骨のような鉄骨が弧を描き、その隙間から射し込む薄金の光が霧散した蒸気を斜めに切り裂く。
真鍮の継ぎ目には光が滲み、天井に散らばる星のように瞬いていた。
鼻腔を刺すのは、熱を帯びた機械油と石炭の煤。
そのど真ん中を、ラベンダー水と革鞄の乾いた香りが甘く割る。
錆と香水が混ざり合う――これこそが王都の息遣いだ。
ゴンッ。
連結器が小さく跳ねたのを合図に、扉が片側へ滑る。
石畳へと噴き出す蒸気が白い靄をつくり、濡れた鉄の匂いが押し寄せた。
視界の低いところを這う靄の上で、色とりどりのスカートが波のように翻る。
山高帽とボンネットが幾重にも重なり、群衆が押し寄せるたびに形を変える。
――潮が満ち引きするように昂ぶる人波。
ここが、ノーリントン駅。
王都ログスティリア北端の、ターミナル駅だ。
鉄と硝子の巨大ドームが陽光を屈折させ、人も荷もひと息に吸い込み吐き出す――鋼鉄の呼吸孔のようだ。
王宮までは馬車でおよそ一時間――この駅は王都の「外」と「内」を分ける境界。
過去、何度か降り立った場所だが、目の前に広がる熱と光は、記憶のどれよりも膨れ上がっているように感じる。
そのただ中に、あの男は立っていた。
緑の軍装。
陽光を受けて浮かぶ金の袖飾りは、砲金のようなくすみを帯び、それでも確かに輝いている。
アーサー・ギブソン。
――その名を胸の奥で呼んだ途端、鼓動が一拍跳ねた。
青灰の髪に銀糸が散り、顎髭は刃物で削いだように整えられている。
肩幅は鎧戸のように広く、腰には黒曜石のように艶を放つ鞘と真鍮の柄頭。
隣には、まだ若い駅員が直立していたが、その視線は忙しなく泳ぎ続けていた。
汽笛が短く、鋭く、駅の天井を裂く。
音がまだ空中に震えているうちに、ギブソンの瞳がこちらへ向いた。
琥珀色の光が走り、瞬時に射抜かれる。
ホームの反対側で、駅員が手際よく鍵を回すのが見えた。
金属音とともに、中央のコンパートメントの扉が開かれる。
覗き込んだ駅員が、一瞬だけ驚いたように目を見開いた――想像していた人物像とは違ったのだろう。
アルスは鞄と長剣を抱え、すぐに扉際まで歩み寄った。
その瞬間、駅員の顔に困惑が浮かぶ。
視線がホームと扉の間を行き来し、落差の存在に気づいたようだった。
「申し訳ありません。もうしばらくそのままお待ちください、いまーー……」
声をかけられるより早く、アルスは短く言った。
「すまない、これを」
革張りの鞄を手渡すと、駅員は慌てた手つきで受け取った。
「少し離れてくれ」
言い終えるや、長剣を胸に抱えたまま、軽やかにホームへ飛び降りる。
着地の衝撃を膝で吸収し、ふう、と息をついて髪を整える。
耳元の紅玉色の片ピアスがわずかに揺れ、その色が自然とギブソンの姿へ視線を誘った。
視線が合った瞬間、唇の端が悪戯めいて上がる。
「さすが高貴な方は飛び降りる姿も綺麗だなあ」
横で駅員が小さく感嘆の声を漏らす。
ギブソンはそれを受けて、ため息混じりにこちらを見やった。
無言のまま、口髭の下にわずかな笑みが刻まれる。
駅員が馬車へ鞄を運び去るのを見送り、ギブソンが一歩近づく。
「さて、アルス様……なんとまあ、お一人ですか? 護衛は?」