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「顕微鏡」、完結しました。

 約4年かけてコツコツ書いてきた長編、「顕微鏡」がやっと完結しました。
 もうこんな機会は無いだろうと、こっそりカクヨムコンに参加したのですが、締切りに間に合わないかと思いました💦 完全に記念受験ですが、参加条件を満たすことができてホッとしました。長編をバンバン書き上げられる方の頭の中って、どうなっているのかしら? 凄い、の一言です。

 書けたのが我ながらすごい、と思うのですが、読んだ方はもっとすごい。2,3ヶ月更新が途絶えるのは当たり前、下手すれば半年以上音沙汰なしという息も絶え絶えな物語に、よく付き合ってくださったものです。見つけてくださって、読んでくださって、本当にありがとうございました。

 もしも、この物語を完結させることができたなら。いつか書いてみたい、と思っていた作品があります。
 どうなるかは分からないけど、少しずつ手をつけられたらいいな……。まぁ、遅筆な私のことですから、どうなるか分かりませんけれども(;^ω^)

 カクヨムのおかげで、書くことができている私です。皆さま、本当にありがとうございました<m(__)m>

 

3件のコメント

  • はじめまして。
    亜咲加奈と申します。
    「顕微鏡」を拝読しました。
    一度目は冒頭だけ読んでそれきりになっていたのですが、今回続きから読んだところ、最後までひと息に読み通すことができました。

    本来であれば応援コメントに感想を書いた方がいいのだと思いますが、私にとっては応援するには読んでいて精神的にきつく感じ、また、この作品は誰かに読んでもらうためというよりはプラナリア様がプラナリア様ご自身に向けてお書きになられた小説のように感じたため、応援するを押しません。また、評価もできません。だから近況ノートに感想を送ります。

    体育大会でしたか、種目決めの公平さに対する疑問を読んでいる辺りから胸が圧迫され、動悸が激しくなりました。石崎君が御手洗君に冷たい言葉を口にする場面、野球部の二年生から冷たい水をかけられる場面では体がしびれました。
    千津ちゃんに桜木さんが無表情で叱責する場面は冷たさが伝わりました。
    全編を通して、画一化された教室内でその画一化された空気のバランスを崩さないように息をつめている様子を感じとりました。

    不登校や自傷行為、それらを経験した子供たちが単位制高校でのびのびと自分らしく生活する様子も書かれ、また、泉が御手洗君と結婚し、御手洗君との子供を妊娠してスクールソーシャルワーカーとして中学生と向き合う未来も提示され、必ずしも皆と同じ生き方が難しければそうする必要はないというメッセージを受けとりました。

    あわせて「療育手帳」も拝読しました。
    プラナリア様が「顕微鏡」を世に出した理由が、腑に落ちました。

    「顕微鏡」感想も講評も批評もできない小説だと私は思います。しかしこの小説は、当事者の方にはよい意味で響くと思います。

    発達のさまざまな面で支援が必要な方々は、学校だけでなく職場や地域にもいらっしゃいます。
    そのような方々と共に生きていくことの喜びよりも難しさを、私はこれまでの経験から感じてきました。
    だから素直にプラナリア様の小説に向き合うことが難しいのです。

    もしこのコメントがご不快でしたら、削除してくださってかまいません。

    完結おめでとうございます。
    お疲れ様でした。

  • 亜咲加奈 様

    拙作「顕微鏡」に丁寧な感想を寄せて頂き、ありがとうございました。
    仰るとおり、「顕微鏡」はかなり個人的な物語です。振り返れば、自分が何を書きたいのかを掴まえるのに必死で、読み手がそれをどう受けとめるのか、客観的な視点に欠けていたのかもしれません。
    きつい思いをしながらも、最後まで読んで頂いたこと、感想まで寄せて頂いたことに感謝いたします。
    私の拙さ、至らなさのために、ご不快な思いをされたなら、申し訳ありませんでした。

    実は、「顕微鏡」は書き上げたものの、まだまだ手直しが必要な物語だと思っています。完結から一年経った今も、私はあの物語へのエネルギーが枯渇しており、着手できずにいます。けれど、頂いたご意見を自分の中で咀嚼しながら、もう一度この物語に向き合えたら、と思います。

    どうもありがとうございました。
  • プラナリア様

    このたびはお返事をくださいまして、感謝申し上げます。

    長男さんの療育については、プラナリア様はじめご家族ご親戚の皆様も、さまざまな思いをもって受け止められたことと拝察します。現在はご家族の皆様と、いろいろなことがありながらも日常生活を送っていらっしゃるようにお見受けします。
    毎日のご家族の皆様へのご配慮やはたらきかけ、ほんとうにお疲れ様です。

    ここカクヨムは自由に発信できる場所だと思っておりますので、運営側の注意事項さえ守るならば、どのような書き方でどのように発信しても問題ないのだと私は思います。

    「クラスにいるみんなと同じことができない、同じように感じることができない、同じように考えることができない」状態を、受け入れられるか、受け入れられないか、あるいは受け入れることも受け入れないことも選ばないか。
    『顕微鏡』を読み終えたあと、上記の疑問を私はもちました。
    私自身は「みんなと同じように行動できない、考えられない、感じられない」人間です。ようやく「私はそうする、私はそれでいい」と思えるようになりました。
    プラナリア様はいかがでしょうか。

    『顕微鏡』を、「小説」として、多くの人にとって読みやすい形に整えるのか。
    それとも、プラナリア様がおっしゃるように、「個人的な物語」のままとどめておくのか。
    プラナリア様はどうしたいのだろうと、私は考えました。


    すぐに答えを聞きたいわけではないのです。
    『顕微鏡』をカクヨムコンテストに応募なさっているので、多くの方々に届けたいのだろうか?と思っただけです。

    泉や御手洗君や千津ちゃん、石崎くん桜木さんのような子たちが読めば、自分達が置かれている状況は決して自分達の上だけに起きていることではないのだと安心するかもしれません。自分達がしていることは他の人もしているのかもしれないと安心するかもしれません。

    しかし、そう思う人ばかりではないかもしれません。

    私にも家族がおりますが、彼らの許可を得ない限り、たとえ彼らが私が書くものを読まないとしても、彼らについて書いたものを発表しないと決めております。彼らの尊厳そして私の尊厳を守るためです。

    これほどまでに深い思索をするきっかけとなる作品を発表していただいたことを感謝します。




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