李徴は虎になったのか。中島敦はそういう書いたのか。人虎伝では明確に虎が語るシーンがあるけど、李徴は姿を現さない。そして、袁傪の馬は虎が近くの叢にいるはずなのに怯えている描写がない。中島敦が、うっかりこれを書き忘れたということは考えられないでしょう。
まず、この話に「物理的に猛獣はいない」は、この一点だけでも充分だと思う。馬の反応は、袁傪と李徴が友達だということは考慮してくれるはずがない。
そもそも本文にはこうある。
「友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった」
李徴にとっては、なんだ。袁傪にとっては、最も親しい友でもなく、大勢いる知り合いの一人、くらいの存在と言うことが分かる。李徴、友達と思ってるのは、お前だけやぞ…。
袁傪が宿った商於という地は、どうやらそこそこ交易の盛んな街っぽい。と言っても陳群は都なんだよね?この辺中国史に詳しい人に聞かないとわからんけど。役人として袁傪が勅命を受けるくらいの土地なのだから。
李徴は野盗や山賊になったという話もあるけど、詩人になりたかった李徴がそんな交易の盛んな地域で?しかも科挙の中でも狷介だった李徴が、そんな野蛮な世界で?その節は僕は無いと思う。交易の盛んな地域に山賊が出るなら討伐も来るだろう、なんならその地域にとっては山賊なんて死活問題。
同じ理由で虎と言うのも、交易都市では厄介な存在だ。どうにか追い払われてしかるべき。虎狩りが起きる。虎が出るなら駅吏以外にも袁傪に「虎が出まっせ」と教えてくれたはず。
僕は、李徴は普通に商於の街でぼんやり生活してたんじゃないかと思う。
するとそこに、かつての「自分にとっては最も親しい友」が、車に乗るほど出世して現れた。うーん、詩人になりたかった李徴は悪だくみをする。一度虎になった男が、しかしてその詩の才によって人の心を保ち、やがて再び人に戻り陳群に。話題性ばっちりの文壇デビューだ!
さっそく駅吏に虎の噂を吹き込んでくれと頼みこむ。どうせ人数が多いのだから虎が出ても移動の予定を変更できまい。残月の光しかないくらい林に袁傪がまんまと現れた、暗さ利用して一瞬だけ虎がとび出たように見せかけ、さっと叢に飛び込み、ちょうど袁傪に聞こえるくらいの声で「あぶないところだった」とつぶやいて見せる。供廻りの多い袁傪を的確に狙って虎が飛び出てくるのも怪しむべき。
文壇デビューがかかってるのだから、自らの境遇をドラマチックに語る。そして仕上げに必死に考えておいた詩を読み上げる。長短凡そ三十篇。ここで中島敦はわざわざ「第一流の作品になるのには、何処か(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」と袁傪に感じさせている。
地方都市商於の野山に隠れ住むような李徴と、都で役人やってる袁傪の文化資本の差。ここに明確に出た。
そして、李徴はわざわざ「即席に詩を述べて見ようか」と宣言してから、律詩を読む。これも、即席とわざわざ言ってるところが臭い。絶対袁傪が来たのを見てから必死で考えたんちゃうの。しかもあらかじめ「俺の頭は日毎虎になって行く」みたいな言い訳を先にして。
必死で自分の文壇デビューと都会への返り咲きのことを考えてて、後から「そういや家族のことやけど」みたいに話すところでボロが出た。
袁傪にとっても李徴が最も親しい友であったなら、虎になって商於で遭遇したことは大事件だから、なんとか李徴のためにと動いてくれたかもしれん。でも李徴は分かってない。袁傪には友達がたくさんいるんよ。
「人生は何事も成さぬには長すぎるが、何事かを成すには短い」
李徴が若い頃に行った言葉として登場するけど、むしろ虎になった李徴なら、若い頃の言葉としてよりももっと体重の乗った言葉として「人生は何事も成さぬには長すぎるが、何事かを成すには短かった」と過去形で切実に語るべき言葉。自分の人生が終わったと思ってないから、この言葉を過去の言葉だと振り返ることができる。
袁傪は素直な善人なのだろうな。そこに李徴は付け込もうとしている。だけどあの律詩の出来が悪い。山でのほほんと暮らし(山賊かもしれんけど)、通信技術も整わない頃に文化の中心地に居続けないことを選んだ李徴の、鈍った詩才ではあれが限界だった。
だいたい李徴が失踪したときの狂い方も、夜中に血相変えて飛び起きて、訳の分からんことを言いながら走っていくという、いかにも正気の人が考えた「発狂」を演じすぎている。演出が過剰すぎた。
おそらく李徴はそこでもっと捜索されることを期待していたのに、そこまで重要人物と思われてなかったから捜索が思ってたより早く打ち切られて、汝水のほとりに残されてしまった。おかしいな、俺がいなくなってみんな困ってるはずなのに、そう思いながら人通りが多く見つけられやすい商於に移動した気配がある。
そもそも獣になったというドラマを引っ提げて凱旋するにしても、虎はやりすぎやろ。なんでそんなところでも見栄張ってんねん。野犬とかにしとけや。調子に乗るな李徴。虎て。
という、信頼できない語り手の話として、僕は昔から山月記を読んでいるので、まあそれが大阪のオバハンになっても内容は同じ。インタビュー・ウィズ・タイガー。