佐伯 奏多という人間の性質として、勉強が得意ではない。
厳密に言えば、座学が苦手であった。
更に厳密に言えば、目的意識の不明確な座学が苦手であった。
かと言って、基礎教育である高校においては、その大半が直接目的に即した学習ではない。
自然、他の多くの学生がそうであるように、奏多も次第に目的意識も曖昧になっていった。
それを、得意でない暗記や無理矢理の学習で乗り切るのが、奏多にとっての日常であった。
しかし、それでも学習という行為から逃げるほど不真面目というわけでもなく、結果、苦手な学習を真面目に行って成果を出せない、平凡な学生生活を過ごしていた。
その奏多が、紬との放課後の短い学習で確かな手ごたえを感じていた。
***
――勉強って、こんなに理解しやすかったっけ?
そう思いながら、自分のノートを見る。
一つ一つの項目に対して、回答の方法が即座に思い出せる。
――やっぱり、如月さんのおかげ、かな?
そう思いながら、奏多は紬をみる。
彼女自身、あまり多弁な方ではなく、むしろ言葉が詰まることが多い方だ。
それでも、彼女の指導はとても分かりやすい。
これは単純に、彼女が勉強が出来て成績が良いから、という訳ではないだろう。
――なんだか、とてもしっくりくる。
そう、奏多は感じていた。
紬の教え方は、それ自体が理路整然としているという以上に、奏多の考え方に『ハマる』気がした。
奏多が手を止めた時にすぐ気付く彼女は、指導以上に奏多の様子をよく観察していた。
その上で、奏多が理解しやすい説明や方法を、意識してか無意識にか、選択しているようであった。
そのおかげで、紬の指導内容が奏多の思考に無理なく入ってくる、そんな気がした。
そんなことを考えていると、紬が奏多を見つめ返してくる。
「どうか…した…?」
そう、不思議そうに、不安そうに尋ねる紬。
奏多は、笑みを浮かべて、大丈夫、と返す。
「なんだか、如月さんの教え方、すごく分かりやすいなって思って」
そう言った奏多の言葉に、恥ずかしそうに、そんなことないよ、と紬は返した。
「こうして、誰かと勉強するの…久しぶり、だし…」
「上手く、説明できてなかったら…ごめんね…」
紬が的外れに謙遜するのを聞いて、奏多は「そんなことないよ!」と強く答えた。
「如月さんのおかげで、今日の勉強はすごく理解しやすかった」
「これからも、ずっと続けたいくらいに」
真剣なまなざしで言った奏多を見て、紬は少しだけ安心したような表情をする。
「それなら…うれしい…」
そんな様子を見た奏多は思った。
――如月さんはこんなにもしっかりとしているのに、どうして自己評価がこんなに低いのだろうか。
――もっと、自分に自信を持ってほしい。
テスト前の貴重な時間を、自分の為に費やしてくれる紬に、何かお返し出来ないか。
奏多は自然とそう考え始めていた。