先縠くんはまあ、今後もたくさん出番あるので。
趙旃の話。
趙旃はこの邲の戦いでしか出番はありません。この戦いのきっかけの一人として記載されています。
彼は己が卿になれないという理由で襲撃をかけ見事に失敗、最後は友軍に偶然助けられ生き延びました。
彼を愚かな戦犯と烙印を押すのは簡単ですが、私はそうはしたくなかった。だから、少し多めにエピソードを割いた。六卿にとって迷惑ですが、彼にとっては死活問題だった。
分家が本家を超え力を持ち、由緒ある本家は栄えある卿になれない。趙盾は本家を優遇してましたが息子の趙朔たちはごく自然に他人のように離れたのでしょう。
そうなれば、力は分家に吸い寄せられ、己は痩せ細っていく。
趙旃だけでなく、魏錡にとっても六卿に蓋をされ破れかぶれになっている。
彼らは選ばれなかった。貴族階級という選民のなかでさえ、格差社会が生まれだしていたとき、六卿におもねって生きていかず自立するならば。
軍功をあげねば、地位を上げねば、領地を守らねば、死んだ親にも顔向けできない。
もしくは、六卿の臣になって庇護されるか。それは名誉ある貴族なのだろうか。
その過渡期に生きた、愚かな凡人として趙旃を書いた。
読んだ人のほとんどが、趙旃を迷惑な馬鹿だと思うでしょう。しかし、私たちのほとんどは欒書ではなく趙旃なのだと、思うのです。彼のようなヤケクソな行為をしなくとも、欒書側ではなく趙旃側で生きている。
作者がネタばらしをするのもあれですが、サポーター限定公開するほどでもなし。
別に趙旃が好きなわけでもないですが、邲の戦いで暴走した戦犯の背景には、六卿への不満があった。六卿は国を回しながら足元をおろそかにしていた。
慎ましい態度で貰えるものを享受する側。それほどの責任を背負っているのが六卿ですが、邲の戦いは士会を含め、戦犯は六卿だと思っています。彼らは、先は見ていたけど後ろを振り返らず足元の不平を軽く見ていた。
さて、大敗した六卿、不平を持つ大夫。そして荀林父を避けて出征しなかった晋公。
この三つ巴主権争いの過渡期の中、欒書が何を感じ成長し、変化していくのか。書くのが楽しみです。