冬のさ春のねで「やさしさ」について掘り下げられた回があってその時とほぼ同じシチュエーションがやってきて、私は土田先生とはちがって何も言えない側だった。
さいわいその場では年輩の吐き捨てで終わって、多くの人が聞いていても何も反応をしないからこそ平和に終わった。
みんな自分のことしか考えてないと今の日本はよく指摘される。
実際に聞きたくない話をその場で複数人が聞いても、何もしないわけではなく止められない場合を考えられていない無責任さを持っている人が『みんな自分のことしか考えてない』と言っている。
おそらく誰かをほんとうの意味で助けた人に国籍や年齢や実績や強さなんて関係なくて、そういった方々は『黙る』選択肢が最善だと気づいている。
冬のさ春のねも周りは見て見ぬふりをしていてもそれが悪だとは言っていない。はず。
帰ってから現実はどこまで現実でしかなくて、ちょっとした日常ひとつでも誰かの行動や話は何の救いにもならないと改めて気が付いて、どこかで日本の治安の良さに安心して気が抜けているか疲れて何も考えられない自分。
何もしなかった自分の狭間でゆれていて、そっと帰宅後にカバンを下ろして音楽を聞いた。
ついこの前最終回を迎えた作品のCDを聞いたあと、今日はやめようと別のCDでにしなのヘビースモークを選んだ。
今日もがんばったね。
お世辞にも昨日の自分に言えなかった。
よく耐えたね。
はげましになってない。
朝から何のために今日の朝から夕方まで動いたのか分からない日がまたできた。もう誰かを妄想で出してはげますやり方ではなくて、好きな作品の名シーンと音楽を聞いてちょっとだけメンタルに来る別の曲で気分転換するだけ。
また、「誰かに期待や何かを求めないために自分にできる最善以外を諦める」とても誰かには言えない気持ちと改善できるのならしたい悪い意味で鈍臭い気持ちを寝て、整理する。