自殺をしたいとおっしゃっていた方がブログや特定の場所でしか話せないと打ち明けてくださってから、『人を追い詰める側の無意識無自覚と悪意と読解力の低さによる傷』を減らすためにまず我が身をふりかえるところからはじめます。
誰かがああいった。
私はこうしてあげた。
すべて危険です。私も経験があり、経験があって優しさがあってもこの手の話題は相手の生まれ持ったまたは環境によるパーソナル(じんかく)に左右されてしまいます。
良くも悪くも。
ちゃんと結婚していて優しくて相手の相談を聞いてはくれるものの、性欲におぼれてまっとうな生活に慣れてしまったある職業に付く人たちつまり富裕層ほど一般論をふりかざして自分が乗り越えたからと見下しているつもりはなくても上から目線の都会に一部。田舎は大部分の無能集団が自分たちが弱った時の保険のために弱い立場にいる人から体力、時間、金を合法的に搾取してきた歴史を長いこと見てきました。
自殺志願者のブログ主は相談相手にひどく傷つけられた話を冷静にれた、された思考からぬけて読者に話しておりました。
共通しているのは夢をあきらめた話を悩みに悩んで打ち明けた相手は上から目線だということ。
夢をあきらめるなと関係が短いから根性論でせっかく相談してくれたその人を蹴り、きれいごとをおしつける。
また、貧困層でも成り上がってしまう人たちもいてその人たちの幸せを比較し、どんなに大人でいい人に見えても『いい人』と抽象的な距離を置いてしまうくらいには苦手意識はある。
私は今後小説で具体的な現実を利用し、不寛容な人たちを警戒しながら自分たちだけの幸せを求める世界中の人たちを注意深く観察し自分の言葉で小説、近況ノート、エッセイで表現させていただきます。
タツキ先生は甘すぎるのしずくさんみたいに、私も課題が多くなりたくない人間になってしまった人間かもしれない。
だからこそ近況ノートでしか誰にも語れない。
自分自身の卑怯さが憎い。
私も上から目線で過ごす日や罪が多い。だからこそ押しつけはおたがいにしない。
でも今までもこれからも許さない。
許さない気持ちをかかえながら幸せになる人生を私は葛藤しながら考え、今までであった人とこれから出会う人たちを守っていきたい。
今回の文章は落第点。
今後も気をつけさせていただきます。