妹の菊草に関する思い出は多くない。一緒に過ごした時間が多くなかったせいもあろう。特に菊次郎の印象に残るのは菊草が島から鹿児島に旅立つ時のことである。多くの里人が見送るために杖と藁むしろを持参し龍郷と言う集落から峠を超え円という集落まで見送りに来てくれた。西南戦争の前で鹿児島の父親西郷の元へ旅立つ菊子に対する思いも強かったと思う。まず山道を登り海路の無事を祈り今井権現に参拝し、その後、安木屋場と言う小さな集落を通過し、円という集落から船が出るのを待った。その間、見送りに来た集落の者たちは円という集落と安木屋場と言う集落の境にある名も無き大きな岩を風除けし、白い砂浜で野火を焚き数日を過ごすことになった。 船が岸を離れて沖に出た後は母や集落の人々は白い砂浜に残り姿が見えなくなるまで見送っていたと話した。既に日暮れていた。その夜もその砂浜で藁むしろに包まり一夜を過ごしたのであろう。もちろん母のアイかなも、その中に居た。 菊は二度と島に戻ることも無く、母のアイかなに会うことも無かった。色々な事情もあったかも知れないが、彼女の心には後ろめたさかあったに違いない。
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