序章:原稿用紙の砂漠
「……書けん。一行も書けん」
深夜二時。パソコンのモニターが放つ無機質な光が、作者の充血した目を刺す。
締め切りは明日。しかし、物語のヒロインは清楚なまま、お行儀よくお辞儀をしたところでフリーズしている。
「これじゃない。こんな、どこかの誰かが書いたような『完璧な花嫁』なんて、一ミリも面白くない……!」
作者は頭を抱え、デスクの隅に置かれた一枚の写真を手に取った。
それは、かつて自分が書き始めた「伝説の花嫁」のモデルとなった一枚だ。
第一章:写真の中の啓示
写真の中の彼女は、ドレスをたくし上げ、バーのスツールに足をドカッと乗せ、黄金色のグラスを煽っている。背後の親友(あるいは介添人)の引きつった顔さえも、彼女の「生きてる!」というエネルギーを引き立てるスパイスに過ぎない。
「そうだ……。これだよ。書きたかったのは、これなんだ」
作者の指が動き出す。キーボードを叩く音が、静かな部屋に響き渡る。
もはやプロットなど関係ない。キャラクターが勝手に酒を飲み、勝手にタバコを吹かし、勝手に暴れ回る。
第二章:楽屋裏の美紀
物語の中の美紀が、作者の脳内に直接語りかけてくる。
『ねえ作者。あんた、さっきから「控え目に」とか言ってるけど、自分はどうなのよ? 執筆の合間にコーヒー何杯飲んだ? チョコ何個食べた?』
「……それは、息抜きであってだな」
『私だって、あの時はあれが最高の息抜きだったのよ。ドレスなんて鎧、脱ぎ捨ててやりたかったんだから。あんたも、その「綺麗な文章を書かなきゃ」っていう鎧、さっさと脱ぎなさいよ』
作者は苦笑し、手元の缶コーヒーを一気に煽った。彼女が「山崎」を煽った時のように。
第三章:暴走する原稿
気がつけば、原稿は当初の予定とは全く違う方向へ転がっていた。
感動の涙で終わるはずだったエンディングは、二日酔いの頭痛と「控え目な誓い」を巡る夫婦の屁理屈合戦に変わっている。
「……よし、これでいい」
作者は、最後の (完) を打ち込んだ。
完璧な物語ではないかもしれない。けれど、そこには確かに、写真の中の彼女が持っていた「圧倒的な肯定感」が宿っていた。
結び:朝焼けと誓い
窓の外が白み始めている。
作者は、空になったコーヒー缶と、山積みになった資料を片付けた。
そして、自分自身にも一つの「誓い」を立てることにした。
「……締め切り前の徹夜は、控え目に」
もちろん、それが守られる保証はない。
美紀がドレスの裾をたくし上げたように、作者もまた、日常というドレスをたくし上げ、また新しい物語(暴走)を書き始めるのだ。
(本当の完)