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年越しは風邪とともに

クリスマス頃から、本当にそんな感じでグロッキーな暮れと開けでした。あけましておめでとうございます。

昨年に飛ばされている昴と、異世界に寄越された昴の話、今年も続きに取り組んで行きますので、よろしくお願いします!



ようこそファミヒスへ! 雷銀の狼幼女とスマホ魔法使いは帰宅ミッション挑戦中 魔法使いたちの//クロスロード ――ver.C→――
https://kakuyomu.jp/works/16818093083946809619/episodes/16818093089496941539
26話にならなかった没ネタです。レベッカが変身しないバージョン。彼女を何度もお昼寝させすぎた&もう1作の昴に寄りすぎてしまったので、取り下げた別展開です。(カクヨム構文そのままで、お目汚し失礼します。)


 お手合わせって……。
 こんな小さな子相手に、何を考えているわけ。
 親戚中で俺が最も苦手にしている|大人《おばさん》のリニア姉さまより、更に過激な態度を露わにした少女の視線と言葉に、射抜かれる。困惑でレベッカの姿のまま蛙のように動けない。 
 
 音にしてしまったら、俺の存在まではっきり「読み」取られかねないから、返事はおろか、唾を飲むことさえできやしない。
 さりとて、レベッカの魔法を借りて、挑発に乗ったフリをするのは、更にいただけないだろう。この身体の主である五歳の女の子は、小さくたって荒事向けの魔法の使い手なんだもん。
 俺が代わりに戦ったら、レベッカかリニア姉さまのどちらかが怪我で済まない可能性「大」だ。
 弟子が困ってるんだから、助けてよ。
 魔法で「読み」取った視線の中に、俺の戸惑いが透けて見えているはずの|先生《ししょー》は動かない。
 何で、という疑念が、俺が宿らされているこの身体――俺や先生の意向のままに、ポーリャと名乗らされているレベッカの心拍数だけを押し上げた。
 不遜な笑みを口元に浮かべながら階段を上がってきたリニア姉さまが、強張っていた|小さな女の子《ポーリャ》の左手が握りしめた星を、当然のように拳の上から|検《あらた》めようと、腕を伸ばす。
 まだ少しだけ眠そうにしていたはずの|レベッカ《ポーリャ》が、いきすぎた反応を返したのは、その瞬間だった。
「ベッカのしるしに、さわらないで!」
 鋭い叫び声とともに、ぱっと翻る右手。レベッカの想いと入れ違いに目に飛び込んできた、頰に引っ掻き傷を負わされたリニア姉さまが、浮かんだばかりの紅い珠を指先でなぞり潰すと、瞳に残されていた剣呑な笑みを消した。
「へえ、ずいぶんなご挨拶じゃない? さすが《狐》の子ね、ちーっちゃなベッカちゃん?」
「リン姉、いい加減に」「――全員落ち着きなさいな」
 さすがに看過できないと踏んだのか、決め込んでいた静観を破って、知恵さんが俺たちみんなに警句を与えてくる。
「うるさい! うすぎたないアバキどものいうことなんて、ベッカはきかない!」
 左手の星を強く握りしめて、俺が知ってるここ数日間の彼女とはまるきり違う声で吠えたレベッカが、踏板を蹴り、その場にいた全員の足元を縫った。
 咄嗟に止めに入った俺の声すら無視して、彼女は駆ける。先生と大師匠様が、視線を交錯させたのが、興奮するレベッカのせいで翻弄されている視界の中に一瞬だけ見えた。
 まさか、何かする気?
 不吉すぎる予感。冷たくていやな汗が背を伝うのを感じながら、俺の心は身構えることしかできなかった。
 リニア姉さまが「試作機」と称した|初期型のEAP《使い古しの赤いスマホ》から先生が送りつけた何がしらのオーダー。俺の知る先生の作品よりかなり大味なチルが、レベッカの心身に直接変化をもたらした。
 彼女の意志通りに身体を動かすために作った《ドヴォルザーク》アプリが俺のEAPに与えていた負荷が一気に軽くなるのと同時に、文字通り眠らされた彼女のかわりとして、舞台袖から無理やり引きずり出された|からポーリャ《俺》に向かい、宮代家とロウ家の二人の若人が、ゆっくりと近づいてくる。
「………宮代家の秘密主義もここまでくると異常よ、宮代笙真」
「ロウ家の過干渉も、似たようなものだと思うよ? リン姉さん。ボクの言いたいこと、|聞こえ《・・・》た?」
 俺の動揺で高鳴ってしまった、レベッカの鼓動を足掛かりにでもしたのだろう。
 「読み」取った宮代昴の存在を揶揄するように、少女が洩らした口ぶりを受けて、まだ世に出されていないシンプルな機能だけの世界最初のEAPを手にした先生が、舌打ちに続けて、リニア姉さまへと問いかけた。
「おおよそのところは。ねえ、このちまっこいのはどう呼べばいいの? 普通にレベッカ?」
 頷いた彼女は、今度は俺を指さして、質問をひとつ。
 未来なら……、本来なら。俺のほうがだいぶ上背があるはずなのに、違和感しかない。
 それをいつもみたいに、我慢我慢と独り言ちながら飲み込もうとする自分に、少しだけ吐き気がする。
「今はスヴァルでいいよ。……ベッカちゃんにもそう呼ばせてるから」
 視覚優位と聴覚優位の二人の腕利きの「読み」に真正面から魔法をぶつけられた俺は、蹲った姿勢のままで先生たちを見上げるために目線をわずかに持ち上げると、本当の俺である「宮代昴」らしい少しだけ投げやりな口調で返事をした。
「スヴァル? 日本語じゃないの? ――ヴェーダ語って、何でまたマニアックなところから。笙真、あとであんたも『読ま』せなさいよ」
「お断りだよ。ボクのことはほっといてよ、リニアおばさん」
 牽制のためだけの軽口でやり返し合いながら、俺の心を容赦なく覗き込む二人の生来の魔法に、|冷たい代替魔法素子で構成された人工魔法《チル》製の防壁が、またひとつ嫌な軋みをあげた。
 ここまで踏み込まれたら、俺の最新型EAPに積まれた、「読み」の魔法から心を守るためのアプリ《基板上のバリア》なんざ、ほとんど砂のお城みたいなもんだ。
 大体さ、レベッカの身体に、俺が追加で押し込まれていること自体が、アプリが想定している使用環境を相当逸脱してるんだから、土台無理。保つわけがない。
 自嘲気味に思いながら、俺は終了プロセスに穴だらけにされたバリアを放り込んだ。
 出血大サービスだよ、さあ「読め」ばいい。
 成人間近な|宮代家の魔法使い《明かし》であり、EAPの一端の使い手でもあったはずなのに、丸裸にされた|二人分の心《昴とレベッカ》をどうにか抱えることしか出来ていないなんて、ほんとに最悪もいいとこ。
 目の前の少女の心に浮かんでいるはずの日本語としての「すばる」の響きを想像しながら、先生の方へと視線を滑らせる。
「昴……」
 少しだけ戸惑いを感じさせるような、短い返答。端々に滲んだ彼の気遣いを断るつもりで、俺は口を開く。
「いいんだ」
 心の中でも、はっきりとそう念じながら、俺は十四歳の宮代笙真の目をじっと見つめた。
 |声音《こわね》から俺の思考を「読んだ」ロウ家の少女が、俺と先生の両方に向かって問い掛けてくる。
「昴、ねえ……。『しるし』もそうだけど、ポーリャの由来まで、ことごとく『星づくし』じゃない? 偶然なの?」
「分かんないよ。俺だってどうしてベッカちゃんに自分が憑いているかは、全然見当がついてないんだから」
 正直に告げることが、今の俺が打てるベストな手だ。
 思うことで、どうにか屈辱に囚われかけていた自らの心を|背負《しょ》い直した俺は、先生から転じた視線でリニア姉さまを見据えながら、少女からのお返事を待つ。
 破れかぶれにも見える俺の仕草で、「読み」特有の好奇心が満たされたのか、彼女は小さく肩を竦めた。
 少女の示した納得を合図に、出水邸の玄関と階段の間の広い廊下を水風船みたいに満たしていた緊張感が影を潜める。
 よかった、どうにかレベッカとリニア姉さまの両方を暴発させずに、やり過ごせたようだ。そのためのお代は、決して安くはなかったけれど。
「――お茶にしましょっか?」
 手のひらを打ったパチンという音とともに、知恵さんの声が、廊下に拡がった。
「お土産に甘いのがい〜っぱいあるから、『読み』合いで疲れた頭にはいい栄養になるわよ?」
「そうですね。ボク、お湯沸かしてきます」
 先生の茶目っ気って、大師匠である知恵さん譲りみたい。
 場違いな感想とともに、お茶の支度のため、沢山の荷物を手にしたまま、いち早く台所につま先を向けた先生の後を、シンプルなリネンのワンピースの上から半纏を着込んでいる俺が追いかけた。

  ◇

「で、なんでリニア姉さまがわざわざ甲南湖まで来たわけ」
「|家《ふち》の|仕事《ひごと》に|決《ひ》まってるでしょ。日本に来たらやっぱり|小豆《あずき》よね。笙真から聞かなかったの? 宮代が面白いことやり始めたから、視察に来てやったんだけど。それより、あんたらと違って、私は昴とは初対面なんだからきちんと自己紹介なさいよ」
 未来にだって、マナーとか嗜みくらいあるでしょ?
 今しがたの発言で、ますます微妙になった俺と先生の間の温度差を意にも介していないのか、赤福によく似たおいしそうなあんころ餅を、口の中で再びもぐもぐしながら、リニア姉さまが楊枝を手に俺に持ちかけてきた。
 先生の隣で、マグカップに入れてもらった紅茶を手に、俺は身を乗り出す。
「もう『読んだ』んだから、いらなくない?」
「いるに決まってるでしょ。それとも私が聞いたことを頭から終わりまで、ぜーんぶ披露してあげようか? たとえば、あんたが好きな|娘《コ》の名前とか」 
「…………それは勘弁して」
「え、なに? 昴、好きな人いるの?」
 いるに決まってんじゃん。先生には絶対話したくないけどね。
 リニア姉さまに引き出された、宮代昴の本音のところで、こちらに視線を投げかけてきた先生と逆方向を見つめながら、バリアを再構築。
 気休めでもないよりはマシな守りの内側で、先生の一人娘である小鳥の物憂げな瞳を一瞬だけ思い出すと、心の奥底へそっとしまい込む。俺なら、そう想うはず。そうに決まってる。
 ベッカちゃんの身体に閉じ込められたことで、ほんの少しだけ揺らぎ始めた自己認識を頭の中でまとめ直しながら、記憶の中を探り当てるように言葉を紡ぐ。
「実はさ、俺も全部覚えているわけじゃないから、飛び飛びになっちゃうけど……」
 先生と知恵さんだけが相手なら、絶対に明かささないで済ませていただろうに、よりによってリニア姉さまが来るなんて。マジでついてなさすぎ。
 先生とは別の意味で飛び抜けているロウ家の「読み」の少女の滞在を心底恨めしく思いながら、俺は改めて二〇二四年の魔法使いたちに向かって口火を切った。

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