• 異世界ファンタジー
  • エッセイ・ノンフィクション

真・十二単

https://www.seaart.ai/ja/postDetail/d7ga055e878c738g0at0
上はミハエルの呪禁道・滅功念鎖陣。
下の絵はさゆのお気に入りの姿。
ルルメール編プレビュー↓


 王都ルルメールへと向かう魔導列車の旅は、始まったばかりだ。
 ヴァーレンス王国は星の南西端、目的地であるルルメール王国は北東端に位置する。その直線距離は一万キロメートルを超える。
 車窓を流れる景色は、独特の雰囲気へと変わっていった。
 豪華なコンパートメントの中、ミハエルはヴァーレンスのそれとは異なる、無骨で実用的なルルメールの魔導技術に時折興味深そうな視線を向けていたが、長時間の移動はいかに公爵といえど退屈なものだ。彼は、気まぐれに雑談を始めることにした。
「サミュエル」
 フカフカのソファに深く身を預けながら、ミハエルは隣に座る部下に声をかけた。サミュエルは、騎士の鎧ではなく動きやすい旅装に身を包んでいるものの、その端正な顔立ちには常の緊張感が張り詰めている。
「は、はい! ミハエル団長!」
 サミュエルは、条件反射のように瞬時に背筋を伸ばし、居住まいを正した。その生真面目さは、ミハエルの悪戯心をさらに刺激する。
「君と同じヒーラーのガートルード=キャボット嬢とは、うまくいっているの?」
 ミハエルは、楽しげにからかうような笑みを浮かべた。その唐突な問いに、サミュエルの顔は一瞬で熟したトマトのように赤く染まる。
「は、はい……そ、その……は、はい! おかげさまで……」
 彼はしどろもどろになりながら答えた。主君が自分の、それも極めて個人的な恋愛事情にまで関心を示すことに、彼の思考は完全に追いついていなかった。
 その時、異変が起きた。
 しれっと、音もなく、サミュエルの隣の空席に、あの怨霊がふわりと腰を下ろしたのだ。絵の具かぶったような漆黒の顔に爛々と血走った赤い目。古びたドレスをまとったその姿は、今や一行にとって見慣れたものとなりつつあったが、その行動は予測不能だった。怨霊は、その血走った目をさらに輝かせながら、ぐっとサミュエルに顔を近づけ、彼の顔を覗き込む。まるで、彼の恋話に異常なほどの興味を抱いているかのようだった。
「へ、へっ……!? ひいぎゃあああああああああああッ!!!」
 サミュエルの絶叫が、静かだった車両に響き渡った。彼は顔を真っ青にし、椅子から転げ落ちんばかりにのけぞる。腰を抜かし、震える指先で隣の幽霊を指さした。物理的な干渉がないことは理解していても、この至近距離での視覚的な恐怖は、彼の精神的許容量を軽々と超えていた。
「順調すぎてつまらないとまで噂されている仲というではないか。それより、これしきで取り乱すとは、まだまだ修練が足りぬな、サミュエル」
 ミハエルは腹を抱えて大笑いしながら、巷の噂話を本人にぶつけるという、悪趣味極まりない意地悪さを発揮した。
 この突然の茶番劇に、他の面々もそれぞれの反応を見せる。
「サ、サミュエル! 落ち着け! ……あ、いや、気持ちはわかるが……!」
 クロードは、取り乱す僚友に手を貸そうとするが、彼自身も怨霊の異様な存在感に気圧され、動きがぎこちない。生真面目な彼の顔は引きつり、額にはじっとりと冷や汗が滲んでいた。
「……全く。しつこいにも程があります。ミハエル様、今一度、祓いましょうか?」
 空夢風音は、心底イライラした様子で腰の脇差の柄に指をかけた。その冷ややかな視線は、主君をからかう元凶である怨霊へと鋭く向けられている。彼女にとって、この幽霊はミハエルの旅路に付きまとう、不愉快で鬱陶しいだけの存在でしかない。


「う~ん。霊体が高揚した感情に強く反応するのは、よくある例だけど……ここまで個人の恋愛に執着を見せるなんて。何か、よほど強い未練があるのかしら」
 東雲波澄は、優美な扇子で口元を隠しながら、興味深そうに怨霊とサミュエルを交互に観察している。彼女にとって、この奇妙な状況はまたとない研究対象のようだった。
「……実害がなくとも、精神的な負荷は看過できないでしょ、ミハエル。サミュエルくんの顔色が尋常ではないわよ」
 水鏡冬華は、呆れたようにため息をつきながら、冷静に状況を分析してミハエルに進言した。彼女の鋭い知覚は、サミュエルの霊気が恐怖によって激しく乱れていることを既に見抜いていた。
「あはは! サミュエル、おばけさんが恋バナ聞きたがってるよ~! もっと教えてあげなよ~!」
 サリサだけが、この状況を心から楽しんでいた。無邪気な笑顔で、盛大に火に油を注ぐ。サミュエルの純情な困惑と幽霊の奇妙な好奇心は、彼女にとって最高のエンターテイメントなのである。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する