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ネトゲ廃人の言い訳をする巫女

絵は料理好きな桃竜とネトゲ廃人。
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 アリウスの問いかけは、歌の残響がまだ漂う図書館の静寂に、清澄な一滴のインクのように落ちた。
「一体君は……何なんだい?」
その赤い瞳は、魔術師としての純粋な探求心に燃えていた。歴史の深淵を知り、人の魂を揺さぶる言霊を紡ぐ存在。その正体を、彼は解き明かしたかった。
 その真摯な問いを受けた水鏡冬華は、しかし、聖なる巫女の仮面をぺりぺりと剥がすように、急にそわそわとし始めた。すっと流れていた黒髪の毛先を指でいじり、視線をあちこちに泳がせる。その額には、玉のような汗が一筋、すっと流れた。
「いやいやいや!」
唐突に、叫び声に近い甲高い声が響いた。先程までの神々しいアルトの声とは似ても似つかない、焦燥に満ちた早口だった。
「人がネトゲしてる時に何か色々動きあったそうじゃないの!
  な~んか、デュポンに日本の城が生えてきてマフィアがそこに逃げ込んだけどフィオラが毒で殲滅したとか!
 フレッドが女に粉かけたら逆襲にあったとか!
 宇宙開拓のゲームでラルスくんが面白い選択したとか!  占い師のジゼルがまた金くれ虫になったと思ったら、剣魔時代のミハエルに会って、ビビり散らかした後なんか一皮むけてるわ!
 ミハエルが2回、サリサが1回異世界に飛ばされて暴れて来たらしいわ!  だから、こう、視聴者に忘れられないように歌でも歌おうかな~と」
 水鏡冬華は、ぜえぜえと肩で息をしながら、言い訳のようにそう捲し立てた。最後の「視聴者」という言葉は、まるで口が滑ったかのように、小さな声で付け足された。
 図書館の空気は、再び沈黙に支配された。だが、今度の沈黙は、先程までの荘厳なものではない。あまりの情報の奔流と、理解不能な文脈の前に、そこにいる全員の思考がフリーズして引き起こされた、絶対零度の静寂だった。
銀髪の図書委員、空夢風音は、ぽかんと口を半開きにしていた。セーラー服の胸元がわずかに上下している。尊敬する師匠の口から飛び出した「ネトゲ」「視聴者」という単語が、彼女の可憐な頭脳の中で意味を結ばない。まるで知らない国の言葉で、複雑な数式を聞かされているかのようだ。ただ、ぱちぱちと瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「…………」
 アリウス=シュレーゲルは、石になった。いや、石になる過程さえスキップして、最初からそこに石像として置かれていたかのように、微動だにしなかった。
 彼の知性が、その赤い瞳が、今しがた耳にした言葉の羅列を解読しようとフル回転する。
(日本の城?  マフィア?  フレッドの女難……はいつものことだけど?  ラルス……ミハエルくんの息子?  そして、親友の剣魔時代? )
 思考回路がショートし、熱暴走を起こし、ついには真っ白な灰になる。彼の魔法使いとしての探究心は、あまりにも巨大で高密度な「意味不明」の塊に叩き潰され、塵と化していた。
 ミハエルは、こめかみを指で強く押さえ、天を仰いだ。彼の口から漏れたのは、言葉にならない、長く、深い溜息だけだった。その表情は
「ああ、また始まった」
「知ってた」
「こいつはこういう奴だ」
 という諦観と、それでもなお尽きない親愛がごちゃ混ぜになった、複雑極まりない芸術作品のようだった。彼は冬華の「翻訳者」としての己の宿命を、静かに受け入れていた。
 対照的に、フィオラは長椅子に寝そべったまま、くつくつと喉を鳴らして笑っていた。深紅のスリットから覗く脚を組み替え、面白そうに唇を歪める。
「ふぅん、私がマフィアを殲滅した話、ちゃんと届いてるじゃない。上出来よ。他のゴシップはどうでもいいけど、私の活躍が語り草になるのは気分がいいわ」
彼女にとって、冬華の奇行は評価に値するパフォーマンスでしかなかった。重要なのは、その中で自分がどう描かれているか、ただそれだけだ。
「え、え、なに!?  フレッドが逆襲に!?  ミハエル様が二回も異世界に!? 聞いてない、そんな面白い話聞いてないわよ!
 わたしは野生動物逃がしマスターになってたけど異世界で!」
 サリサのホワイトライガーの耳が、ぴんっと垂直に立った。金と赤の瞳がキラキラと輝き、完全にゴシップに食いついている。「視聴者」という言葉の奇妙さなど、彼女の好奇心の前では些細な問題だった。今すぐミハエルを問い詰めて、冒険譚を根掘り葉掘り聞きたくてたまらない、という顔をしていた。
 そして、エウメネス。彼は、歌によって穿たれた心の傷口に、訳の分からない熱い鉄を突っ込まれたような顔をしていた。あの魂の歌は、この支離滅裂な言い訳のための前座だったというのか? 自分の最も深い絶望と孤独を看破した巫女は、ただ「出番が欲しい」だけの奇人だったと?
 彼の無表情な仮面の下で、困惑と、わずかな裏切られたような感情と、そして理解不能なものへの純粋な恐怖が、巨大な渦を巻いていた。彼はただ、俯いて、固く握りしめた拳が白くなっていることにさえ気づいていなかった。
 エルファーネ=ストラード=ブレイユとユイリーナ=シエル=ブレイユの馬と鳥の姉妹は、優雅に困惑していた。姉のユイリーナは、純白の翼をそっとたたみ、首を僅かに傾げている。
「視聴者……? それは、どこの国の神様かしら……?」
 彼女は冬華の言葉を、何か高次元の存在への語りかけだと解釈しようと努めていた。
 妹のエルファーネは、ただ目を丸くしている。
「すごい……なんだか、さっきの歌より、もっとすごいエネルギーを感じます……! 頭がくらくらする……!」
 彼女は、情報量の暴力に純粋に打ちのめされていた。
ユエリシアは、空になったグラスを片手に、けらけらと笑った。
「あはは!  なにそれ、面白い!  つまり、ゲームに夢中になってたら、みんなが文化祭の準備進めちゃってた、みたいな話でしょ?  わかるわー、それ!」
彼女は複雑な背景を、自分に理解できるスケールにまで落とし込んで、あっさりと納得した。
 月日リアナは、もはやこの場の誰よりも遠い場所にいた。普通の女子大生だった彼女の許容量は、とっくの昔に超えている。幕末の巫女がセーラー服で現れ、神がかりな歌を歌い、次の瞬間にはネトゲ廃人のような言い訳を始める。彼女は、もはや驚くことさえやめ、ただ虚空を見つめていた。その瞳には、何も映っていなかった。
 図書館の時間は、完全に止まっていた。誰かが何かを言わなければ、この奇妙な膠着状態は永遠に続くかと思われた。その静寂を破ったのは、意外にも、一番の被害者であるアリウスだった。彼は、かろうじて再起動した思考回路で、たった一言、呻くように呟いた。
「……帰って、寝てもいいかい?」

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