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主人公だとこうなる

昨日の続き。



『義姉編・Chapter 3 夜の懺悔』
 文字が浮かぶ。ミハエルの青い目が光を反射した。
「選択肢か。ふむ」
『1「姉さんのせいじゃない」』
『2「僕も不安だ」』
『3』
 三番目の欄は空白だった。ただの白い四角が、他の二つと並んでいる。
「空欄だな。いれちまっていいんだよな?」
 ミハエルは端末に指を這わせた。霊波動ではなく、ただの物理的なタッチ。画面に文字入力の窓が現れる。
「わたしが埋めてやろう」
「父さん、それ——」
 ラルスの声は届かなかった。ミハエルの指が踊り、三行目に文字が並ぶ。
『3「お前を殺す」』
「よし」
 ミハエルはボタンを押した。選択肢が光を帯び、部屋の灯りが一瞬だけ青く染まる。ラルスは目を伏せた。耳が熱い。蒼依が小さく吹き出した。
 ゲームの義姉が現れた。黒髪に白の寝間着。襟元が少し開いている。背景は夜の寝室。窓に星が見える。
「今日、兄上は帰らないの。私……一人で眠れそうにないわ」
 義姉の声は低く、掠れていた。仮想の吐息が、スピーカーから漏れる。
 ミハエルは端末を持ったまま立ち上がった。床板が軋む。
「眠れないなんてかわいそうに。わたしが――」
 ミハエルが義姉の涙をそっと拭いて
「――お前を殺す」
「父さん、どうするつもり——」
 ミハエルは動いた。画面の中の義姉に向かって、まるでそこに実体があるかのように。そして、端末を軽く持ち替え、義姉の仮想体を勢いよくバックドロップした。
 床に叩きつけるような勢いだった。端末がベッドの上で跳ね、ラルスが反射的に掴む。
「眠れるよう、子守唄を歌ってやったよ(物理)」
「……え」
 アンの声が部屋に響く。剣の柄を握ったまま、目を点にしている。ガーちゃんが口を押さえた。白いドレスの袖が震えている。ユーナが端末の解析画面を閉じた。水色の髪が揺れ、星型のヘアアクセサリーが光る。
 画面の義姉はベッドに突き刺さっていた。黒髪が銀杏のようにベッドに広がり、寝間着が乱れている。表情が変わらない。AIの処理が追いついていないように見えた。
『イベント:夜の懺悔・深層』
 赤い文字が浮かぶ。ラルスは端末を掴んだまま、父の顔を見上げた。ミハエルは腕を組み、満足げに頷いている。
「次のイベントだな」
「父さん、これ——」
「プレイヤーの感情同期がオーバーしたら、ゲーム側が勝手にシナリオを進める設定と書いてあるが」
 ユーナが小さく呟いた。端末の裏の仕様書を指差している。
「ミハエル公爵の心拍数、普通です。いえ、ややゆっくり」
「うむ。当然だな、いつものことだから」


 天馬蒼依が腹を抱えた。ミニ巫女装束が翻り、黒髪が肩にかかる。
「はははは! バックドロップ! いつものことでバックドロップ! 冬華師匠と毎日寝室でプロレスしてんのかよ!! ゲームキャラにもバックドロップ!」


 アンが剣の鞘を床に叩きつけた。エメラルドグリーンの服が揺れる。
「すごい! ミハエルさんすごい!」
「やだもう……」
 ガーちゃんが壁に寄りかかった。銀白色の髪が震え、マゼンタの目が潤んでいる。


「ゲームが……ゲームが可哀想……」
「システム、完全に混乱してます」
 ユーナは冷静に端末の数値を確認している。しかし、頬が引きつっている。
 画面の義姉が動いた。倒れたまま、首だけを巡らせる。黒髪が床に擦れる。
「弟くんの温もり、初めて知った」
 義姉が立ち上がった。寝間着の汚れを気にせず、画面の手前に近づく。仮想の指が、まるで端末の向こう側にいるミハエルの頬に触れるように伸ばされる。
「今夜だけ……特別にしてあげる」
 義姉が耳元で囁いた。スピーカーから吐息が漏れる。ラルスは端末を膝の上に置いた。顔が火照っている。
 ミハエルは腕を組んだまま、頷いた。
「そうかい? でもわたしよりももっと温かいものもあるんだよ」
「え?」
 ラルスが顔を上げた。父の青い目が、いつもの好奇心に満ちていた。
「見ていろ」
 ミハエルは端末を掲げた。片手で入力を開始する。霊波動ではなく、ゲーム内の召喚コマンドを叩く。指が画面を滑り、文字が並ぶ。





『スカンク召喚』
「救世主スカンク! GO!!」
 画面の義姉の背後に、黒と白の模様をした生物が現れた。小さな哺乳類。尻尾を上げ、臀部を画面の義姉に向ける。
 ぶぅーーーーーーーーーーー!!
 音がスピーカーから迸る。同時に、部屋の換気システムが作動した。ゲーム内の臭気が、なぜか現実にも漏れ出している。魔法のシステムが、プレイヤーの没入体験を最優先した結果だった。
 天馬蒼依が窓を開けた。空気が流入する。
「におい! においが本当に!」

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