大川が客室に皆を通した。樫の木のローテーブルには、カセットコンロが置かれ、黒い寸動鍋が、でん、と存在感を放っていた。鍋はお湯がくつくつと煮立っている。
「あらためて説明するよ。闇鍋は、真っ暗にした部屋のなかで、各々持ち寄った食材をいれる。
何を入れたのかは、本人以外、わからない。
ぐつぐつ煮て、それぞれの皿によそい、各人、よそわれた皿の中身は必ず食べる、というものだ。」
ふふふ、と大川は涼しげな目を細める。非常に楽しそうである。
部屋のカーテンがしかれ、電気が落とされ、皆、鍋を囲んだ。
────わくわく、わくわく!
大川は、真面目に育ってきた。日舞の跡継ぎとして、生徒会長として、家業の修行と、学校生活に日々、励んでいる。そんな彼は、今日は羽目を外す、と決めていた。闇鍋────。その恐ろしくも輝かしい青春の碑。非日常の楽しみ。高校三年生である彼は、バカができるのも、高校卒業まで。後少しなのである。
わくわく、胸の高鳴りが抑えられない。
「さあ、皆、食材をいれるのだ!」
興奮を抑えきれない声で告げる。
* * *
大川ははじめ、ぽちゃん、と大棗を鍋にいれた。
そして次にいれたのは……。
メンズへちま化粧水(甘い香りつき)であった。
どぼお、どぼお。
ガラス瓶から化粧水を全部鍋にぶちまける。へちま水は昔痰切りにも使われていた。健康を害するまではいくまい、と大川は誰にでもなく言い訳をする。あたりに、むわっ、と化粧品特有のケミカルな甘い匂いが香り立った。
────ふはははは!
心のなかだけで笑い声をあげる大川は、謎の高揚感につつまれ、目を血走らせて、闇のなかニンマリ笑った。
* * *
霞は、いろいろ食材を持ってきた。
────闇鍋か。青春ねっ!
ハイジの白パンを鍋に放る。
────高校生って若いなあ。
そんな事を思いながら、水筒に持参したドクダミ茶をいれる。霞はティーマイスターとして喫茶店で働いている。お茶にはこだわりがある。
次にいれたのはバニラアイス。
むわぁ〜ん……。
ドクダミ茶の独特の香りと、バニラアイスの甘い匂いが部屋に充満した。
────まだまだよっ。
最後にいれたのはボタン肉(猪肉)。
────うふふ、お肉が入らないとお鍋じゃないわよね〜。
おっとりと笑う霞は、中身は冒険好きの肉食の女であった。
* * *
三虎は、干し杏と白玉団子を闇鍋にいれる。
干し杏は古志加と思い出の果物だ。古志加は三虎から口移しで干し杏を食べさせてもらうのが好きな、甘えん坊でちょっとエッチな女の子なのだ。いい。
白玉団子は、もちもちして美味しそうだ、という理由である。
────大川が闇鍋をやるぞ、と言い出した時には、いったいどうした? と驚いたものだが。なんだか楽しいな。
闇のなか、となりに座った古志加の、ポニーテールにした癖っ毛が、ふわ、と三虎の頬にふれた。三虎はそれだけで、古志加が愛しくて、くすっ、と笑ってしまう。
* * *
古志加は、タッパーにいれてきた、皮をむいてカットした桃を、どぼん、どぼん、と闇鍋に豪快に投入した。
────えへへー、フルーツ鍋だよぉ。田舎のおばあちゃんが送ってきてくれたんだ。
古志加はあまり物事を深く考えていなかった!
* * *
若尾ネメは、棒状の米菓子を闇鍋にいれた。
────米菓子、美味しいよね!
ここにも、あまり物事を深く考えていない少女が一人、いた。
これまでで、いれられた食材は、大棗、メンズへちま化粧水、ハイジの白パン、ドクダミ茶、バニラアイス、ぼたん肉、干し杏、白玉団子、桃、米菓子である。
肉の煮える匂い、果実の複雑な甘い匂いに、バニラアイスの甘ったるさ。なんとも言えない匂いが部屋には満ちていた。
* * *
佐久良は蜂蜜を闇鍋にいれた。
ニュージーランド産のアカシア蜂蜜である。
────ま、甘くしとけば、なんとかなるんじゃない?
佐久良はそんな事を思う。
* * *
真比登は、チーズ盛り合わせを次々と闇鍋にいれた。
モッツァレラチーズ、ゴルゴンゾーラチーズ、チェダーチーズ、ミモレット……。
────佐久良に変なものは食わせない。
そう思う暴走族のヘッドは、非常に侠気にあふれているのであった。
────仕上げは、これだ!
真比登は、カレーパウダーを闇鍋に投入した。
* * *
なんという神の妙技か。
香辛料の塊であるカレーパウダーは、全ての食材を、〝なんとなくカレーっぽい〟味にまとめあげた。
真比登の佐久良への愛の勝利である。
闇鍋をよそられた皆は、戦々恐々で口をつけ、〝なんとなくカレー〟味に、全員、完食できたのであった。
その後、化粧水をいれたと告白した大川は、
「そんなモノを食材にしてはいけません! 防腐剤も入っているのよ? 食べ物じゃないの。おーくん、めっ!」
霞に額をぺちりと叩かれ、叱られた。
白い高貴な犬が叱られ、尾を垂れるように、大川はしゅーんとうなだれた。
なお、ドクダミ茶のおかげであろうか。その後、腹をくだした人はいなかったという。
皆様も闇鍋のさいは、化粧水だけは入れないように気をつけられたし。
────完────
これは、一年前のエイプリルフールに、ネタを募集したものでした。
↓去年の4/1の近況ノート
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818622172231974906ネタを提供してくださった、
小烏つむぎ様
かごのぼっち様
るかじま・いらみ様
春渡夏歩様
加藤 佑一様
雨京寿美様
こい様
プロエトス様
幸まる様
この美のこ様
豆ははこ様
獅子2の16乗様
ありがとうございました。