さて、こちらは台風も過ぎ去ったようです。
昨日は職場で準備に追われてましたが、無駄になってなにより、せめて休みにして欲しかったなーw
さて、なんでこんなところで対策せにゃならんのかと昔の地図を見てみたんですが、なるほど
大阪平野の北側はどでかい湖と湿地帯だったんですねぇ
思えば一向宗が信長相手に立てこもったわけですが、あれはほとんど川と湿地帯に囲まれた戦闘だったようで、船で毛利が補給した事からもかなり水路が重要だったようです。
そのあと秀吉に区画整理されて水運で都市が発達するわけですが、大阪の陣ではあえて堤防を決壊させて水浸しにして、北側から攻められないようにしていたようです。
要するに、土地が低くて水に浸かりやすいんですね。
おおよそ大阪城を中心とする上町台地の下あたりまでは何かあったら水没するようです。
まぁ、おかげで水上都市として発達したとも言えるんでしょうが