出かける時は、ちゃんと身だしなみを整える。
でも、今日は特に入念にしてしまう。
こだわるあまり、なかなか決まらなくて、焦ってしまう自分がいた。
「やば、もうこんな時間……」
完璧に納得していないものの、仕方なく妥協した俺は、アウターを羽織った。
「行って来ます」
外に出ると、空は快晴。
それはラッキーなことなんだけど、何だか余計に気持ちがフワフワしてしまう。
落ち着け、俺。
気負わず、リラックスして。
今日は決してデートではない。
ただ、クラスメイトで、図書委員の仲間である、梨田さんと親睦を深めるだけのこと。
アスファルトを歩く間、何度も自分にそう言い聞かせていた。
ぶつぶつと呟いている間に、目的の図書館にやって来る。
「えっと、梨田さんは……」
俺は落ち着きなく、辺りを見渡してしまう。
「――倉崎くん」
澄んだ声に呼ばれて、ドキリとする。
俺は振り返った。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
私服姿の梨田さんを初めて見た感想は……
「ごめんね、待った?」
「あ、いや……ちょうど、いま来たところだから」
「そう? 良かった」
梨田さんはホッとしたように微笑みながら、胸に手を置く。
ゆったりした、花柄のワンピースを纏っている。
あまり、目立たないようにしているけど……でも、俺はもうい知ってしまっているから。
その下に眠る、とてつもないお宝を……って、言い方がすごくエロガキだ。
落ち着け、俺。
「倉崎くん、どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ。じゃあ、行こうか?」
「うん」
俺は梨田さんと一緒に、図書館に入って行く。
休日だから、混んでいないかと心配したけど、それほど人でごった返してはいなかった。
親子連れとか、学生とか、おじいさんとか、ちらほらといる程度。
図書館に来るのは、久しぶりだけど、俺は自然とすぐその空気に馴染めた。
これが和馬みたいに騒がしい奴なら、無理だと思う。
「とりあえず、本を選ぼうか」
「うん、そうだね」
俺たちは一旦別れて、それぞれ読みたい本を探しに行く。
俺は本棚の間を歩きながら、けど本選びにあまり集中できない自分がいる。
やはりどうしても、梨田さんのことが気になってしまうのだ。
とりあえず、俺は適当に本を選ぶと、空いている席に座った。
少し遅れて、梨田さんもやって来る。
「倉崎くん、何の本を読むの?」
「俺は……青春小説かな?」
「そっか」
「梨田さんは?」
「えっと、私は……恋愛小説だよ」
本で口元を隠しながら、梨田さんは言う。
「へぇ、やっぱり女の子は、恋愛小説が好きなんだね」
「う、うん……私には、似合わないかもしれないけど」
「いや、そんなことは……」
お互いに言葉に詰まったところで、気まずい空気を誤魔化すように、そっと本を開く。
読書は割と好きな方だ。
本屋に寄って、面白そうな本があったら、買って休みの日に読んだりする。
俺は元々、物静かな場所を好むから、この空間は俺にとって、都合が良いはずなのだけど……どうしても、集中できない。
本を読むフリをして、ちらっと梨田さんの方を見てしまう。
私服姿もそうだけど、心なしかいつもより髪とか肌のツヤが良い気がする。
まさか、俺と会うために……いや、そうじゃないだろ。
女の子なんだから、出かける時は男よりも身だしなみに気を遣うのは当然のことだ。
だから、普段よりも3割増し、いや、もっとか……とにかく、すごく可愛く見えるからって、勘違いをしてはいけない。
俺は決めたんだ、梨田さんとはいい関係を築いて行きたい。
だから、どんな時も、紳士であろうって。
決して、彼女のメガネの下に隠れた可愛い顔とか、服の下に隠れた大きな胸とか、意識をしてはいけないのだ。
◇
倉崎くん、困っていないかな?
急にこんな風に、デートに誘ったりして……
ううん、倉崎くんはきっと、デートだなんて思っていない。
あくまでも、クラスメイトで、図書委員の仲間である私と、友達として来てくれているんだ。
きっと、そうに違いない。
けど、それで良いんだ。
私は昔から、地味な女だから。
男子と付き合ったがないし。
そもそも、ロクに話した経験もない。
だから、今こうして、倉崎くんと一緒にいられること自体が、ちょっと信じられないのだ。
でも……勇気を出して、誘って良かった。