第1話 クラスの地味子
教室内は、ワイワイと賑わっている。
「なあなあ、輝臣(てるおみ)」
「ん?」
「あの投票、やったか?」
席に座っていた俺に声をかけて来たのは、親友の浜野 和馬(はまの かずま)だ。
「投票って……」
「クラスの女子の中で、誰が良いかって奴だよ」
「そういえば、そんなの来ていたな……」
クラスのグループメッセージに、それが届いていたことを思い出す。
「お前、その様子だと、まだ投票していないな? 締め切りは、今日の放課後までだぞ?」
「そっか……でも、あまり気が進まないなぁ。女子のランク付けをするなんて」
「そんな深く考えるなって、ただの遊びだよ。どうせ、女子だって男子の品定めをしているからさ」
「そういうもんか……ちなみに、和馬は誰に投票したんだ?」
「俺は滝川(たきがわ)だよ」
「滝川さんか……」
滝川 理沙(たきがわ りさ)は、明るいギャル系の美少女だ。
明るい髪はツインテールに結ばれている。
陽キャというか、リア充とというか。
まあ、クラスの中心的な存在だ。
今も、イケてる男女のグループの中心で、笑っている。
「やっぱり、女は明るくイケてないと。輝臣も、そう思うだろ?」
「俺は……」
「ちなみに、今の暫定順位は、やっぱり滝川が1番だな。そんでもって、最下位が……」
和馬が、とある方向に視線を向ける。
そこには賑わう教室の中で、1人だけポツンと席に座って大人しく佇む、1人の女子がいた。
黒髪にメガネの、お世辞にも垢抜けているとはいいがたい、地味な女子。
「地味子……梨田(なしだ)みゆきが、最下位、0票だな。まあ、可哀想だけど……仕方ないよな」
「……そっか」
「輝臣も、さすがに地味子はナシだろ?」
言われて、俺は改めて、梨田さんの方を見た。
彼女は変わらず、1人で黙々と本を読んでいる。
「……梨田さんって、まだ誰も入れていないんだよな?」
「ん?」
「じゃあ、俺入れとくわ」
「おいおい、輝臣くん。お前が優しいのは知っているけどさ……」
「別に誰に入れようが、俺の勝手だろ? ただの遊びなんだし」
「ああ、なるほど。お前、ああいう地味な女を、もてあそびたいのか。見損なったぞ」
「違うよ、バカ」
和馬に文句を言いつつ、俺はまた梨田さんを見た。
確かに、地味で冴えない彼女だけど、何だか気になってしまう。
「おい、輝臣?」
「……いや、何でもないよ」
クラスのグループメッセの投票ページにて。
俺は梨田みゆきのボタンを押した。
◇
昼休み。
「輝臣ぃ、メシ食おうぜぇ」
和馬に呼ばれる。
「ああ。俺、ちょっと購買でパン買って来るよ」
「分かった。じゃあ、先に食っとくぞ~」
和馬に軽く手を振ってから、俺は教室を出た。
俺は階段を下って、1階にある購買スペースを目指す。
「げっ」
分かっていたはずだけど、昼の購買戦争っぷりをなめていた。
俺はもう2年生で、知っているはずなのに。
「しまった、しばらく3年の先輩がいなかったから、油断していた……」
こんなことなら、コンビニで買っておけば良かった……まあ、仕方ないか。
「んっ?」
その時、俺は玄関口の方に、見覚えのある人物を見つけて、目を奪われた。
「……梨田さん?」
和馬に色々言われたせいだろうか?
いや、そもそも、同じクラスになった時から……
俺は物静かな方を好む。
だから、騒がしい購買戦争に背を向けて、梨田さんの背中を追った。
どこに行くんだろう?
頼りげない、彼女の背中を追いながら、俺は思う。
ていうか、これって、軽いストーカー行為じゃないか?
どうしよう、やっぱり引き返そうか……
けど、梨田さんの背中を見ていると、自然と足が向いてしまう。
やがて、彼女は校舎の角を曲がった。
俺はその陰に隠れて、そっと様子を伺う。
彼女は、校舎裏の階段に腰を下ろした。
そして、膝の上で、弁当箱の包みをほどく。
教室ではなく、わざわざこんな所で……
じゃりっ。
「あっ」
足下で、砂利が音を立ててしまう。
すると、梨田さんがハッとして振り向いた。
「……だ、誰かいるんですか?」
少し怯えたように言われて、俺は遠慮がちに彼女の前に姿を見せる。
「……ごめん、梨田さん」
「……倉崎(くらさき)くん」
俺、倉崎 輝臣(くらさき てるおみ)、16歳、高2の春。
同級生の女子をストーカーした罪で、逮捕されるのか……