現在、公開を進めている作品「魔王の手下ってのも楽なもんじゃない」(以下、まおてし)を執筆していくにあたり、気にかけていることがあります。
一つ目は作中における中世描写。
物語を作るにあたり、全てを史実通りにすべきだとは思っていないのですが、ベースは史実通りにした方が良いとは思っています。
理由としては、執筆コストと説得力。
執筆コストはそのまま。
作中世界で、何故そうなっているのかを考え、説明する手間が省けます。
説得力。
過去の人たちが実際に営んできたことなので、その時代にはそうせざるを得なかったという現実がある。
現代から考えればうそでしょ? と思うことが当時では当たり前だった。
だからこそ、一から理屈を作るよりも強い説得力を持たせられる。
まおてしに関して言えば、土台は史実通り。
しかし、テーマを描くにあたり都合がいい部分は独自解釈にしています。
中世あたりの不便さって、史実通りの方が物語を書く上では意外と都合がいいですよね。
現代のように、欲しい情報は労せず簡単に手に入る時代ではないからこそ、その瞬間一つ一つに意味を持たせられます。
二つ目はロジック。
誰が、いつ、どうしてそうしたのか。
全ての人が同じ考えでもないし、目的も違う。
負っている責任と立場。
経営者レイヤーに立ったことがあるからこそ分かるのですが、矢面に立ったり、誰かを導いていく側って精神的な損耗が凄いんですよね。
大変だから、つらいからって表に出すわけにはいかない。
何故ならば、立場が上の人間が折れたら下に居る人は道しるべを失ってしまうから。
そして何より、どう足掻いても経営者側の心情は、その立場を経験したことがない人には分かりっこない。
話が適度に逸れましたが、ざっくり言えば、そうはならんやろというツッコミが入らないようにしているってことです。
当然、見る人によっては指摘される面もたくさんあるはず。
レミアが何故、兵士として志願するのか。
レミアが何故、ひたすらに走り続けて誰かを守ろうとするのか。
そんなレミアを見た人たちが、どう判断していくのか。
村人、兵士、国家首脳陣。
それぞれの立場、見ているレイヤーによってレミアをどう評価するのか違いがあります。
そして、その評価の先に各々が得られるものは何なのか。
といった感じです。
Xにて、小説を書く際に起承転結をどれだけ意識しているのかというポストを見かけました。
まおてしに関して言えば、完全に結から逆算で書いています。
結末が決まっていれば、そこへ至るまでのロードマップさえ用意すれば途中で悩むことがない。
あとは執筆していく中でロジックを成立させるために細かいところを検討していけばいい。
執筆する中で筆が止まることは基本無いのですが、それは物語で描くべきテーマが明確だからに他なりません。
前提は決まっている。
なら、そこへ至るまでに登場人物たちはどのような軌跡を歩いたのか?
これをとことんロジックで固めます。
あくまでも自分で納得できる範囲でですけども。
(ロジックを考えるがあまりに、最初に予定していた始まりまでに20万文字以上書くことになるとは思いませんでしたが)
という、いつもの酔っぱらって勢いだけの近況ノートでした。