今回「バイヤーMの電波的日常」をサルベージして、二十数年ぶりに世に出したわけですが、きっとこれを読んだ人は、なんでこんなただの一介の社員が、Tシャツ作ったりサイン会したりしてんのか、疑問を感じたことと思います。
それは当時からも疑問の声がありましたし、苦言を呈されたこともありました。
お店の広報活動の一環なのに、商品情報も出てこないし、業界話も無く、なぜ社員の身内話ばかり書くのかという、もっともご意見は、当の身内からもありました。
というかこのコラム、良いも悪いも反響はほぼ身内の社員か、お店の店員からしか聞こえてこなかったので…
当時はSNSも無かったですしね。
もちろん取引先の人や、商品の内容自体を面白おかしく書くのは、公式の立場としてリスキーすぎるというのもあります(アッパーズのレビューとかはその辺に挑戦したものではありますが、やっぱりあまり面白くなりませんでした)。
いろいろそうならざるを得なかった理由はあるんですが、やっぱり大きいのは、自分が80年代の雑誌やテレビの一つの大きな潮流だった「楽屋オチ」文化に、強い憧れがあったというのがあります。
端的に言うと月刊OUTや週刊ファミ通、本の雑誌、北海道の映画ミニコミ誌だったバンザイマガジン等々、この辺りを10代の頃に読みふけっていた自分は、編集者のような裏方自身が演者になり、ドキュメントとしてコンテンツ化するというのを、やりたくてしょうがなかったのです。
なのでゲ◯マーズの書籍バイヤーになり、当時お店の公的な情報誌だったフロゲーの増刊として、コミゲーを作っていいと言われた時、たった1枚のペラ紙なのに、異常な熱意で欄外情報や担当コラムをギシギシに詰め込み、バイヤーMを勝手に名乗り始め、裏方アピールを始めました(アルファベット一文字の名乗りとか完全にOUTの影響です)。
「バイヤーMの電波的日常」はその流れの上にあったので、どちらにせよ身内コンテンツ化するのは必然だったのです。