・ロスマーク伯爵
(現実世界における※以降同様)スコットランド北部ハイランドのどこかの領地を預かっていた架空の爵位。キルモア子爵はロスマーク伯爵の持つ副次的な呼称。
メアリの母はロスマーク伯爵の一人娘で、推定相続人(スコットランド爵位では女性相続人への継承が認められる場合がある)であるため、伯爵家の副爵位であるキルモア子爵位を儀礼称号として名乗ることができたが、本人は用いず、伯爵令嬢としての敬称レイディを名乗っている。
・『デブレット』と『バーク』
両方とも実在する英国の貴族名鑑(およびその発行元)のこと。『デブレット』は現当主を中心に簡潔にまとめられるのに対し、『バーク』は傍系親族まで含めてより網羅的に掲載する傾向がある。
・レイディとミス
公爵・侯爵・伯爵の娘はレイディ+名(メアリの母が該当)を名乗れるが、子爵・男爵の娘は正式には「The Honourable+姓名」の敬称を持ち、日常的にはミスが用いられる(グウェン)。
・メアリー・ステュアート(1542-1587)
スコットランド女王。カトリック信徒でもあり、プロテスタントであるエリザベス一世とイングランド王位継承権を巡って対立した。詳しくは英国史を参照されたし。
英国では非常に有名な歴史上の人物であり、この名前を聞けば多くの人がスコットランド女王メアリー・ステュアートを連想する。
・アン二世
前国王が暴漢に殺害されたことで、若くして即位することになった前国王の娘(長女)。メアリたちより若く、もちろん架空の人物。『模倣遊戯』では現実世界との混同を避けるため、二十世紀以降の国王名は一部変更されている。
・「相手が『アン女王』でもやりようは──」
サラが素直に歴史上のメアリー・ステュアートとエリザベス女王の対立を思い浮かべたのに対し、メイはメアリー二世(1662-1694)とアン女王(1665-1714)の関係まで飛躍している。メアリー二世とアン女王は姉妹。さらにアン女王の側近にはサラ・ジェニングスという人物がいるため、メイの悪ふざけはサラまで射程に含めた、よりマニアックなものとなっている。
・「では、今後は女王陛下と呼んでもいいですか? マム」
“So, may I call you Your Majesty from now on, Ma’am.”
最初の呼びかけでは "Your Majesty" を用い、その後は "Ma'am" と呼ぶのが英国王室の慣習。発音は軍隊のようにマームと伸ばさず、マムと短い。映画『英国王のスピーチ』でも触れられるが、女王に話しかける際の正しいマナーをメイはここで使っている。
・ピース・オブ・ケーキ
本編でも補足が入っているが、「へっちゃら」の慣用表現。
・陸軍の八号制服
英国陸軍のNo.8 dress(常温域用野戦服)のこと
・東欧の戦争
サラが子供のころに見たものは「ロシアによるウクライナ侵攻」に関する特集。
・『猥談好きのポローニアス』
『ハムレット』第二幕第二場でハムレットがポローニアスを評した言葉に由来する。作中のポローニアス自身は実際には猥談好きとして描かれないため、ハワード大佐による半ば悪ノリの解釈である。エステールはそれを聞かされており、覚えていたため説明することができた。
・『ロミオとジュリエット』『テンペスト』『マクベス』
タイトルだけ聞くと高尚な会話に聞こえるかもしれないが、日本で言えば「中学校の国語の時間で何やらされた?」程度のもの。『ロミオとジュリエット』と『マクベス』は頻出課題。『テンペスト』は上記二作品より一般的ではないものの、扱われることがある。
・「リバプールの近く──えっと、チェスター? マンなんてつけたら──」
メイは正確にはソルトニー出身である。ソルトニーはイングランドとウェールズの国境に位置するイングランド側の歴史ある都市、チェスターにくっついているようなかたちのウェールズ側の街。チェスターへは普段から自転車で遊びに行けるような距離感であり、メイは高校からはチェスターに越境通学、休日遠出する先は専らリバプールだった。サラが適当にしか覚えていないのは彼女がロンドン南部・カーショルトン出身だからである。
・統一された黒いスレート屋根に黒く塗られた木の──
本来もっと東の地域、フロイデンベルクで見られる建物群。デューレンには似つかわしくない。
・ブリテン島
その名の通り現実におけるブリテン島のこと。この作品は国名を入れ替えた程度で地名の変更はないため、そうなった。
・ロッジさん
ロッジさんが過剰に丁寧で回りくどい言い方をしたことで、メアリは早々に彼が「丁寧すぎて逆におかしく見える、そういう上品さ」と見抜いた。必要以上に形式張った物言いはしばし背伸びした中産階級の人間の特徴と受け取られる。
・『勝利かウェストミンスターか』
ネルソン提督が唱えたとされる“Victory or Westminster Abbey”のことを指し、「戦って勝利を得るか、名誉ある死を迎えてウェストミンスター寺院に埋葬されるか」という意味(ただし現在でもウェストミンスター寺院は墓として満杯状態であり、近未来設定である模倣遊戯時間ではいわずもがな)。
・「賢明な判断」
"That is most judicious."を選んでおり、“That’s a wise decision.”で足りるため、過剰。
・『ジーヴス』
P・G・ウッドハウスによる小説の登場人物であり、『ジーヴスもの』として知られる。主人であるバーティ・ウースターはメアリが想像した通り軽薄でぼんくらとして描かれる。エステールが「そのようには言わない方がよろしいかと」とばつの悪そうな顔をしたのは、メアリの反応が主人バーティの描写と被って見えるかもしれなかったため。
・『マライアおばさん』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズの児童小説。劇中登場するマライアおばさんは大変わがままな人物として描かれ、周囲の人間は召使いのように使われゾンビのように消耗する。メイは読んだことがあるのだろう。
・『お茶が先かミルクが先か』
実際に英国で論争(科学的な結論は本編で触れた通り一応出ている)になっているネタ。選択で階級を示すともされている(諸説あり)。それはさておき、今日でも半ば冗談交じりに論争の種となる話題。
・『高慢と偏見』
ジェイン・オースティンの長編小説。十九世紀初頭のジェントリ階級の女性の結婚模様を描いた作品。貴族の家の四女であるグウェンが結婚相手を探すようになれば、持参金を要求されただろうという発言もここから。英国では数年に一度は関連映像作品が作られる程度に馴染みのある作品。大佐は息をするように引用を引くため、あえて括弧をつけなかった。
・「悲嘆の面に身を縮める」
『ハムレット』第一幕第二場におけるクローディアスの台詞から。クローディアスは兄王を毒殺した人物だが、この場合は死者を悼む場面としての引用であり、前後や文脈の引用は含まれていない(しかも大佐は『猥談好きのポローニアス』であるのに『ハムレット』の内容がうろ覚えである)。
・ジェームズ一世の『弟君』
史実中、子供を残すまで成長したジェームズ一世の兄弟は存在しない。二重鉤括弧で強調することで、ここで架空の分岐が与えられていることを示した。また、ジェームズ一世スコットランド王としては六世で、メアリー・ステュアートの実子。
・「兄の一族の権力闘争」
清教徒革命や名誉革命の余波(ジャコバイト)をめぐる争いに関わった形跡がない。
・「ハイランド──いや、北の王朝全てか──の希望に応えることはなかった」
ロスマーク伯爵家はハイランドに領地がありながらハイランド・クリアランス(十八〜十九世紀に地主による立ち退きと土地整理が進められ、多くの住民が故郷を追われた出来事)の際にも領民救済に積極的に動いた形跡が見えず、先に記したようにステュアート家の復位にも関わろうとしなかった。家柄こそ由緒正しいものの、スコットランド国民から慕われていたかは疑問が残る。
・(シールズベリー)侯爵
ハワード家の現当主。爵位は架空のもの。オーガスト・ハワード大佐の父。大佐がシールズベリー伯爵を名乗るのは侯爵の副次的な呼称を使用しているため。侯爵は大佐が42歳という年齢でありながら「女性を口説くくせに結婚しない」と、たいへんやきもきしている模様。
・『マイ・フェア・レイディ』
ジョージ・バーナード・ショーによる戯曲『ピグマリオン』をもとに制作されたミュージカル、そして映画。ロンドン下町で育った花売り娘イライザを、言語学者ヒギンズが遊び半分に上流階級の言葉遣いを身につけさせ「上流階級の淑女」に仕立て上げるという内容。原作・ミュージカルではイライザはヒギンズの元を去るため、大佐が観たのは(最後戻ってくると解釈されやすい)映画版だろう。