会話を重ねれば重ねるほど、本当のことがわからなくなっていく。
今回は、そんな会話劇で夫婦を描いてみました。
アイデアは少し前に書き留めていたものでしたが、夏が終わる前にどうしても形にしておきたくて、少し慌てて書きました。
ミステリーを書いたつもりはあまりなくて、わたしの中ではあくまで人間ドラマです。
とはいえ、書いている本人まで自分で仕掛けたなぞ解きに少し混乱しました。
短い話を書いていると、短編というのは「話を小さくする」ことではないんだな、と改めて思います。
もちろん、長編も短編も、言葉で物語を紡ぐのは変わりませんが、短編は、文字通り短いから「薄くてもよい」じゃなくて、短いなりに長編と同じ濃度を、後味を、目指すべきだなと感じています。
文壇の外にいた人間が文章に向き合うと、自分がこれまでいたフィールドでの経験が、やはり原動力になります。
オーソドックスな小説の形を模索しながら、その中でどこまで自分らしくできるか。
今回は、脚本的なト書きが間に入り込むことで、映画的シーンの構築を図りました。
「会話」「ト書き」「主人公の心の声」の三層構成というフォーマット。
『ある夫婦』は、そんなことを考えながら、挑戦的に書いた作品になりました。
次はまだ未定です。