「夏祭りの金魚」の回想の部分は2001年の七月にしました。
主人公が小学四年生で、いまが2026年なので、25年前になります。
この年にしたのは、小学四年生が誰も携帯電話を持っていない年にしたかったからです。
もう少しあとにすると、「持っている子と持っていない子がいる」状況になります。それはそれで書けますが、そうすると主人公が迷子になった原因が「持っていなかったから」に見えてしまう。
この小説で書きたかったのは、そこではありませんでした。
五人とも誰も持っていない。連絡手段は、家の固定電話と、口約束だけ。
その条件にすると、主人公が待ち合わせ場所を間違えた理由は一つしか残りません。ちゃんと聞いていなかったからです。
携帯がなかったからではない、というのが大事でした。
そして、序章と終章はいまの話です。
いまは、連絡がつきます。何かあればすぐわかります。
それでも主人公は、自分の子どもに向かって、25年前の母とまったく同じ言い方をしかけます。
技術がどれだけ進んでも、口で言わないと伝わらないことがある。
2001年と今を並べたのは、そのためでした。
なお、当時の商品名や番組名、流行語は一つも出していません。
出すと「懐かしいものが並んでいる話」になってしまって、別の小説になるからです。
教室にエアコンがないこと、友達の家に電話をかけるとまず親が出ること。そういうものだけで書きました。