霜永真晴 (1550〜
京の百姓の家に生まれた。足利と三好三人衆の戦いに巻き込まれ家族を失う。
その後足利家家臣 細川藤孝に拾われ養嗣子として育てられるがのちに与一郎(忠興)が生まれたことにより伊賀国に送られ暗殺術を学ぶ。近隣諸国より暗殺の依頼が殺到する。主に三好家。(三好実休、十河一存等)
1565年 永禄の変
細川家にいる頃時の将軍 足利義輝に剣術を師事するが家族を奪ったのが足利だと三好三人衆に吹き込まれ義輝を暗殺。
事後、藤孝に家族を奪ったのは三好三人衆だと真実を明かされ途方に暮れていたところを大和国の大名 松永久秀に拾われ仕官。
久秀の指示で各要人を暗殺。
(三好義興、島清国等)
1577年現在
信貴山城にて松永久秀謀叛。
その報を聞いた織田信長は大和へ進軍。
「その汚い平蜘蛛一つ、寄越せば不問とす」
信長の珍しい温情すらも一蹴した久秀は織田と徹底抗戦を覚悟する。
久秀の命で織田本陣を奇襲中、突如信貴山城が爆発する。城への帰路道中、松永家家臣 森好之に射殺され目覚めると信貴山城は雪に埋もれていた。
雪の降る信貴山城を彷徨っていると同じ戦死者の屍兵と交戦。敗死後、雪を纏った女と出会い介抱される。
彼女は咲蘭(さくら)。信貴山城天守に囚われているという姉を探し出していると言う。一宿一飯の恩で助力を申し出る。
天守に向かう途中、同じく屍兵と化した松永家家臣岡国高と交戦。咲蘭を連れ去られる。
建御雷神の説教後天守に向かう。
天守から出てきた女、椿沙(つばさ)と出会い凍らせる能力を手に入れ天守に向かう。
岡国高撃破後、松永久秀と交戦。
久秀は平蜘蛛は神話時代朝廷に刃向かった豪族らの怨念、土蜘蛛を封じ込めていると言う。和平のため平蜘蛛を渡し信長が解き放てば日本が怨念に疼くことを危惧し信貴山城、久秀諸共爆発させた。人が人たらしめるためには戦乱が必要と霜永を説くが霜永と決別。
平蜘蛛の破片が作り出した光る幕に消えていった。
その後咲蘭と椿沙はなぞの乗り物に乗り空の彼方へ消えた。
松永家
松永久秀
1508〜1577?
大和国を治める大名。元三好家家臣。
元々は真面目で感情を表に出さなかった。
同じ三好家臣、十河一存が有馬で湯治中、久秀が有馬と縁起の悪い芦毛を一存が乗っていたため警告しにきたが一蹴された。その後一存が病没したことから久秀暗殺説が囁かれた。
この濡れ衣事件をきっかけに久秀は暗殺や裏切りを躊躇わなくなり、霜永と出会った後も霜永に暗殺をさせ続けた。
1567年 東大寺大仏殿の戦い
三好長慶が病死。
久秀と三好三人衆の対立は決定的になり、多聞山城周辺で交戦。
その戦火が東大寺にも飛び火し聖武天皇以来の大仏が消失。
しかし、久秀には別の目的があった。
古代に存在し霧のように消えた国家、邪馬台国。その存在を仄めかすカケラが東大寺の地下に封印されていたのだ。その中には卑弥呼を名乗る女。邪馬台国の全貌を知った久秀は共にこの謎を秘匿する。
1577年現在
支配者は人が自分で考え自分で行動すると言う人が人らしく生きれる能力を奪うと考えた久秀は信長に謀反。
天守で信長と会話後、平蜘蛛と共に爆散。
久秀は討死しこの戦いは終わったかに思えたが久秀自身土蜘蛛に取り憑かれており息を吹き返す。
自分を討伐した日本武尊と同じ武を司る神、建御雷神に復讐するためその娘、咲蘭、椿沙を拉致る。彼女らを取り返しにきた霜永に敗れ、謎の光の幕の中に消えていった。
歴史書には信貴山城の戦いで爆死と記されている。
森好之 1518〜1571
元筒井家家臣。久秀の東大寺大仏殿の戦い前松永は筒井城を攻撃。筒井敗走後、松永家へ。信貴山城の戦いの際は久秀の命で毛利、本願寺へ援軍を乞いに行き戦いの最中鉄砲兵を引き連れる。
天守爆破後急ぎ天守に戻る霜永と鉢合わせ霜永を射殺。
戦いの後は織田家に仕え61歳で病死。
岡国高 1528〜1577
松永家臣。
信貴山城の戦いでは織田の尖兵を蹴散らす活躍を見せたが久秀の爆死を聞き、殉ずる。
が、土蜘蛛に取り憑かれ身体は巨躯となり、大太刀も片手で振るえるほどの剛腕を四つ手に入れる。久秀の命には生前通り忠実で天守に現れた霜永と激闘を繰り広げる。
姉妹と飯田基次の活躍により戦闘不能に追い込まれる。
飯田基次 ???〜???
松永家臣。信貴山城の戦いでは300の兵を率い、織田の先攻部隊、森長可の部隊を撃破。
霜永のいい先輩であり、親友であった。
戦いの最中は霜永の織田信長暗殺を援護するため森長可の陣へ夜襲をかける。織田本陣を手薄にすることに成功したが信貴山城が爆発すると形勢は逆転。森長可に討ち取られてしまう。しかし、土蜘蛛が取り憑き場内を彷徨っていると霜永と戦闘。敗死後、意識を取り戻し半妖となりつつも霜永の咲蘭奪還に協力。岡国高を破り、久秀もどこかへ消えたのち、霜永と共に現代に残る。
織田家
織田信長 1534〜1582
尾張の戦国大名。天下布武を掲げ桶狭間、美濃攻略、上洛を成し遂げる。
上洛途中松永久秀から臣従の申し出を受ける。久秀としては人を人とたらしめる考える力を奪う支配者三好家を殲滅して欲しい。信長としては久秀の持つ神話時代の秘密及び天下布武の足掛かりとして利害が一致する。
信貴山城の戦いでは本陣を信忠に任せ単独信貴山城に乗り込み久秀を説得。
織田信忠 1557〜1582
信長の嫡男。奇妙丸。父の圧倒的権威、周りからの期待と親の七光という冷たい目に晒される苦労人。
どうせ自分の代で織田は潰れる、織田の末代、織田の権力は後世に邪魔と言う考えから織田を弱体化するよう画策する。
家臣の明智や羽柴と日々密談を交わす。
信貴山城の戦いでは父に本陣を任されるも霜永の侵入を許してしまう。激闘中信貴山城が爆発。父の安否を心配する。
森長可 1558〜1584
織田家老森可成の次男。周りの制止も聞かず荒れ狂うことから鬼武蔵と揶揄される。
その巨躯から敵はもちろん味方からも恐れられる逸材。数々の狼藉も信長からは叱られるだけに留められている。
信貴山城では、前哨戦で飯田基次に敗北したが飯田の本陣夜襲では信貴山城爆破でたじろいだ飯田を討ち取った。
長可としてはこんな討ち取り方は武士らしくないとしてずっと尾を引くこととなる。
細川藤孝 1534〜1610
織田家家臣。以前は足利家に仕え義輝、義昭の右腕として活躍した。三好家との戦闘最中、1人でいる少年を保護し細川家へ迎え入れる。まだ子のいない藤孝は嫡子としえ育てるつもりであったがのちに嫡男忠興が誕生。霜永を伊賀に送り忠興の補佐をしてもらおうとしたが言葉が足らず霜永はかつての師、義輝を暗殺してしまう。
信長の上洛後、明智光秀の推挙で織田家へ出仕。信貴山城の戦いではかつての息子と相対することを危惧し降伏勧告をしようと単独信貴山城へ乗り込む。
途中、忠興の陣が荒らされると聞き見に行くと案の定霜永の仕業であった。
息子に嫌われている寂しさを仕方がないと言う感情で押し殺し、織田本陣への道筋を仄めかす。
本来は冷静沈着であるが霜永の前ではいつか自分を暗殺する時がきたら情が湧かないようおちゃらけて見せている。
小笠原少斎 1547〜1600
細川家臣。名を秀清。
信貴山城では夜間、忠興の陣を警備していたところ霜永に出会し、戦闘になる。
後に忠興の妻を刺し殺す。
足利義輝 1536〜1565
室町幕府第13代将軍。塚原卜伝に師事し剣豪将軍の異名を得る。
三好家と戦争を繰り返しており京を追われることもあったが平和のため、幕府の権威を取り戻すことを夢見ていた。
家臣の細川藤孝の息子霜永と試合をすると一瞬で剣術の才能を見抜く。
三好家との戦争が激化するなか御所を襲撃され自ら太刀をとり奮戦する。
敵の中にかつての弟子の変わり果てた姿に目を奪われていると障子越しに脇腹を突かれ絶命。血溜まりに映る義輝の瞳には師としての嬉しさがあった。
三好家
三好三人衆
三好長逸 1516〜???
三好政康 ???〜???
岩成友通 ???〜1573
三好長慶の死後に三好を支えてた3人。
足利義輝暗殺、松永久秀との合戦、本圀寺の変など主に近畿で活躍した。
自分の邪魔になる用心を霜永に依頼、暗躍し永禄の変を引き起こした。