このたび、完結に先立ってお受けしたインタビューが、
「月刊ホラージャパン」様にて
『フィクションでありながら「小説ではない」──裏仏信仰を追う「文書群」は、なぜ“物語”にならなかったのか 』
と題して掲載されることとなりました。
つきましては2026年3月号に掲載される記事全文をこちらで誌面に先駆けて掲載いたします。
このような業界第一線の雑誌で取り上げてくださるとは驚きを禁じ得ません。
発売後は全国書店ほか、Amazin' Prime のTsundle Unlimited などでも御覧いただけるとのことですので、是非お読みください。
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月刊ホラージャパン 特集インタビュー
▍フィクションでありながら「小説ではない」──裏仏信仰を追う「文書群」は、なぜ“物語”にならなかったのか
取材・構成=月刊ホラージャパン編集部
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▍「これはフィクションである」
冒頭でそう宣言しながら、読み進むほどに“現実の手触り”へ迫っていく。そんな奇妙な反転を、真正面から形式にしてしまったのが、小境震えの『裏仏(ウラボトケ)──隠された裏念仏信仰にまつわる文書群・怪談集』だ。
『裏仏(ウラボトケ)』は、主人公も筋も持たない。主に日本海側、北陸地方を中心とした往年の北前船寄港地を中心として日本各地に根を張り、今もなおその存続が噂される「裏仏信仰」をめぐり、学校の七不思議、エレベーター非常通報、育児アカウントの縦読みと逆さ読み、夢日記、取締巡察録や論文抜粋を一冊に束ねた“文書群”だ。
読者はページをめくるほど、救いの語彙が拘束へ反転するのを目撃する。
今回、本誌は著者に取材を申し込み、作品の核にある“反復するモチーフ”と“編纂の倫理”を中心に話を聞いた。
▍入口は、わらべ歌の書き込みだった
編集部 最初に“見えた”ものは何でしたか。あれだけ媒体が散っているのに、芯が一本通っている。
小境震え いちばん最初は、作品の順番どおり「お堂の裏のでいばさん」のわらべ歌です。昔、見かけて覚えていました。その後、取材や読書、調べ物の中で、似たモチーフにいくつか遭遇した。点が増えて、線になっていく感覚ですね。最初から大きい“設定”があったというより、出会った断片が、だんだんこの書のコンセプトを意識させていきました。
編集部 タイトルは「裏仏」。ですが、作中にはほかにも異名が多いですよね。
小境 逆さ仏、裏信心、裏念仏、はたまた屋根裏法門、堂裏秘事、御縄法……それらすべてタイトル候補として可能性はありました。ただ、伝わりやすい言葉を選びました。怪異や信仰の話は、入口でつまずかれると届かないので。
▍「小説ではない」文書群という選択
編集部 そして冒頭、「はじめに」でフィクション宣言を置く。ここが議論を呼びそうです。
小境 その理由は記載しています。私は最初から最後まで、フィクションとして書いています。
編集部 それでも読んでいると、宣言が“免責”というより、なにか勘繰らされているような、そんな気持ちになりました。真に受けさせないため、というだけでもない?
小境 そういう受け取り方は、分かります。ただ、言えるのは同じで、私はフィクションとして書いている。それが線引きです。
編集部 形式の話に移ります。あなたは「小説ではない」と言い切った。
小境 これは小説ではないからです。特定の主人公や筋立てがあるものではありません。物語の体裁にすると、読者が「作者の都合でそうなった」と思える余地が増える。けれど、私が扱っているのは、そうではなく“文書の束”なんです。
編集部 媒体の選び方は。
小境 端的に、調査の過程で出会った、見いだした記録、文書がそれだったということです。七不思議、通話記録、SNS、テレビ番組の書き起こし、論文抜粋、夢日記……「こう配置したいから探した」のではなく、「見つかったものが、結果としてこう並ぶ」。
編集部 その言い方は、編纂者というより、採集者に近い。採集にあたってコツのようなものはあるのですか?秘匿された情報の断片をこれほど集めるのは苦労があったと思いますが。
小境 偶然出会ったら逃さないことですね。関係があるのでは、と思うものに当たったら、必ず保存する、記録する。メモを取る。そこからです。自分ひとりが出会える情報の量なんてたかが知れていますから、偶然の邂逅を絶対に見落とさない。
ただ、もちろん集まったものをどう並べるか、なにをどこまでどう見せるかという点においては検討を重ねていますよ。ちゃんと編纂はしています。
編集部 反復して現れるモチーフを三つ挙げるなら。
小境 それは「逆さ」「縄」「縛り」でしょうか。ほかにもありますよね。同じセリフ、同じ怪異、同じ音、同じ所作。それらが徴(しるし)でした。
▍ 七不思議は、地域の芯に刺さっている
編集部 七不思議を“核”に置いた理由は何でしょう。七不思議は、噂としては普遍的なものですが、ここでは特定の匂いがする。
小境 学校の噂にまで“特定の匂いがする ”モチーフが入り込んでいる、という事実が大きい。学校は地域の生活の中心に食い込んでいます。そこまで浸透しているなら、それが根付いている証だと思いました。大人の隠し事より、子どもの噂のほうが“広がり方”が速いこともあります。
▍ 現代のインフラに寄生する不穏
編集部 育児アカウントも象徴的でした。現代のインフラに寄生する怪異、とでも言うべきか。
小境 現代の身近なSNSでも不可解な事象が起きている、その事実は、見つけた以上、取り上げざるを得ませんでした。最初は「同じ1週間の書き込みを反復している少し奇妙なアカウントがある」という噂を耳にして、フォローして見ていた。それだけです。で、気がついた。縦読みと、逆さ読みです。気づいた瞬間に、「これは裏仏と関わりがあるのではないか」と思った。
▍ 都市の記録は、迷宮の入口ではなく“出口のない通路”
編集部 都市の記録群、テレビ番組の書き起こしなど、時代も地域も媒体も飛ぶ。取捨選択にも相当迷いがあったのでは。
小境 情報が増えるにつれ、根が深い、どこまでも広がる迷宮というか、蟻地獄のようなものに足を踏み入れてしまった感覚になりました。様々な時、様々な媒体、様々な地方の、一見関わりのなさそうな場面で、同じモチーフが息づいている。それを示したかったので、できるだけ幅広く掲載しました。本当はもう少し情報はあるのですが、取捨選択しています。
▍ 夢日記は、裏仏が人の内側に触れる場所
編集部 夢日記(三部作)は、束の中でも異質です。あれは“私小説”ではなく、記録として置かれている。
小境 裏仏信仰とともに語られることの多い「逆仏の障難」といわれる幻覚・悪夢、その内容と思われる事象を、詳細まで主観的に捉えた稀有な記録です。削除される前に発見できたのは、この書にとって幸運でした。本当に貴重な文書です。
▍ 史料・論文・偽書がつくる「地盤」
編集部 後半の史料・論文・偽書ともされる聞書の記録は、「伝承」から「実在可能性」へ、議論の地盤を変える役割を果たしている。ここは意図的でしょう。
小境 画期的な資料だと思っています。ともすると“伝承にすぎない” とされるほどに秘匿されてきた「裏仏信仰」の実在性に迫るものです。もちろん、私はフィクションとして書いています。ただ、資料の体裁が整っていけばいくほど、読者は「ゼロではない」と感じ始める。その地点を、私は無視できなかった。
▍ ブディストとして、裏仏を書く
編集部 最後に。「裏仏信仰」とはあなたにとって何ですか。 作品は“裏”の信仰を扱いながら、逆説的に、正統の教理へ目を向けさせる。
小境 私は特定の宗派に属する者ではありませんが、人生の辛い時期を乗り越える、或いはやり過ごすための考え方を、ブッダ、つまり釈迦(ゴーダマ・シッダールタ)の説いた考え方から学んだことがあります。その意味では、人生哲学としてのブディズムを参照しながら生きている人間です。だからこそ、今作を通じて、読者が逆説的に仏教本来の教理に関心を持つ端緒となれば、とは考えています。
本書の「裏仏信仰」の出発地点の考え方の類似例として「悪人正機説」にも触れていますが、その到達地点はまったく別物です。似ても似つかない。これをお読みの読者諸兄にはそれこそ“釈迦に説法”でしょうが。
また、一方で、この“裏仏信仰”は今尚、どこかのコミュニティに根差し、影響力を持ち、誰かがそれを信じている。私は自分が取材した限りのことしか言えませんが、それはおそらく事実と言っていいでしょう。だとしたら、私にはその善悪を裁くような立場も権利もない。ですが、偶然にもその多くを知った者の責任として、なすべきと考えたことがあります。
それは、恐怖を煽るのではなく、異端を崇めるのでもなく、まして救済の名で拘束を正当化しないために。裏仏信仰を“不可視不可触の伝説”から“相対的な事象”へ移し替えるための手助けをすること。
この文書群が、その大きなひとつの節目になればと思います。
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読後に残るのは、説明の快感ではなく、符合の不穏だった。
七不思議の口当たりの軽さ、SNSの生活感、制度文書の硬さ、夢日記の粘度。その混在こそが、「地下化した信仰」を語るときの現実に近い、と著者は言う。だから本書は、物語にならない。物語にした瞬間、読者は“作者の意図”として安心できてしまうからだ。
そして何より、著者が繰り返す一言が、作品の読後感を決定づける。
「フィクションとして書いている」。
その宣言は防波堤であると同時に、読者に向けた警告でもあるのかもしれない。
頁の中で反転しているのは、怪異だけではない。
救いの言葉も、著者の意図も、いつでも裏返るのだ。
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聞き手・文 月刊ホラージャパン編集部
注:許可を得て掲載しています。
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『裏仏(ウラボトケ)──隠された裏念仏信仰にまつわる文書群・怪談集』
https://kakuyomu.jp/works/822139839711385875