こんにちは、小鷹纏です。
ここ最近は投稿頻度が落ち気味なので、言い訳ノートを書きたいと思います。
今まで私は小説文章を書く際、脳内に見えた映像を説明するものだと思っていました。しかし最近になって突然(※)、なんだかそうじゃないらしい、と感じるようになってきたのです。『説明』だけじゃ読み手は何も『体感』していないぞと。この感覚の芽生えで文章に悩み、手が遅くなっています。
読み手は物語を説明されたいんじゃなくて、体感したいのではないか(自分も読書時は体感しているんだし)。小説の書き方教本に書いてある(よね?)「説明ではなく『描写』せよ」とは、それを言っているのかもしれない。と、教本の文字を読んでいながら意味を理解していない状態だったのが腑に落ちた(?)感覚がして、視界が大変クリアになりました。
クリアになったことで、『描写』技術というずっと目の前にあったのに見えていなかった『巨大な山』に気がつき、大混乱に至ったワケです。
思えば数年前、「読者の感情移入を意識した方が良い」とのアドバイスをもらったのは、上記を理解していないことの指摘だったのかもしれません。ずいぶん時間がかかりましたが、人生で読書をまるでしてきませんでしたし、学校の勉強では説明文以外使う(学ぶ)機会は少ないでしょうから、私にとって当然必要な学び時間(コスト)でした。
このような私的ショック体験がございまして文字書きに迷走、投稿頻度が落ちています。我ながら恥ずかしい限りですが、今後は読者に体感をもたらすことを意識し、描写に頭を悩ませたいと思います。
具体的には形容詞(悲しい・眩しい等)をなるべく使わず、読者が読み取れるような描写(立っていられない・視界が白になった等?)をする……んでしょうか。不要な場面でやると冗長になりそうですが、塩梅はよくわかりません。この技術、いつか体得したいです。
今までの私の創作物はプロットだった……?
以上、お目汚し失礼いたしました。
十のお気持ちより一の創作と気を引き締め、またがんばります。
※実際には連日連夜『どうすれば小説になるのか』『どんな作品なら感想をいただけるのか』と悩んでおり、そんな日々の中で感情移入──読み手の作品への入り込みを考えていたら、やっと描写という概念と回路が繋がった感じです。たぶん。