お久しぶりです。
なんやかんや忙しく……なかなか執筆できず……しかし今の政治(クソ政権)を見ていると書かざるを得ず……で、一晩で書きました。個人的なことですが広島出身なので。
ただ、今回の作品の登場人物は広島在住ではありません。というのも、広島市に常に住んでいた人だけが被害を受けたわけではないからです。
明治維新後、広島は軍都として発展してきました。広島市が陸軍都市、呉市が海軍都市と軍隊とは切っても切れない関係にあり、特に広島市は日清戦争時は臨時首都となりました。広島は中国山地、瀬戸内海、四国に守られた立地であり、どちらかというと出兵の場よりは生産・物流の場として機能してきました。旧広島陸軍被服支廠が被曝遺構として今も残っているように、軍服・軍靴の生産、食料品の生産、武器の生産など補給拠点としての役割を担っていました。
そのため、当時の広島市で働いたのは広島市に住んでいた人だけでなく近隣市町村および四国からも人を召集していました。戦況が悪くなり建物疎開をする際も、四国から学生を召集していました。8月6日も四国から召集された学生が疎開作業に参加しており、手記の著者・照子の兄はこの疎開に参加して亡くなった登場人物になります。
登場順が前後しますが、当時も広島と松山の間では定期連絡船が出ていました。照子を育てた叔母の夫は瀬戸内海の連絡船に乗っていた設定であり、これらの連絡船はたびたび機銃掃射を受けました。また、港自体も空襲の標的であったため、大規模な空襲の際には被害を受けました。前述の通り、叔母の夫の故郷である広島は海軍都市も有するため、叔母の夫は海に憧れがあったものの身体障害により海軍には入れず連絡船の船員に落ち着き、空襲で命を落とした人物というキャラメイクになっています。また、こうした航路を使って照子の母親は原爆投下後の広島に向かいます。
原爆の恐ろしいところは破壊力と思われがちですが、個人的には影響が長く続くことだと思っています。残念ながら兵器は進化し続けているので、原爆並みの威力を持つ爆弾というのは生まれているでしょう。建物が壊れる、火傷をする、大怪我をする……どんな兵器でもあり得ます。街を壊す能力は原爆でなくとも向上しています。
ただ、原爆の場合は生き物の組織を長期的に壊していきます。火傷をした、手足が吹っ飛んだ、お腹に穴が空いた……それら自体は他の爆弾でもあり得ますし、それらがその人の人生に影響を与えるのは確かです。これに原爆はもう一つ被曝が加わります。
この話の照子や像ができた佐々木禎子さん(作品内で言及している新聞記事)もそうですが、被爆した当時はなんらかの遮蔽物があって無傷だった、軽症で済んだという人でも年月が経って急に病気を発症することが多いです(照子はこれを「死神が背後にいた」と表現しています)。急激に悪くならずとも、ずっと体調が悪いまま働けず、貧困の中で亡くなっていった人もいました。世代間での遺伝は基本的にないだろうというのが最近の調査結果ですが、わかったのは最近なので差別の中を生きたり、配偶者を得て子供を儲ける際も不安に駆られる日々を過ごした人々も多くいましたし、福島第一原子力発電所の事故の際のように放射能の風評被害は今でも続いています。
これらから非人道的な兵器として廃絶を求めていますが、核弾頭の数は増加に転じ、ましてやクソ政権は非核三原則を変えたいと言い始める始末……本当更迭したい。あり得ない。
太平洋戦争となると戦争末期の原爆が取り沙汰されがちですが、元は日本が始めた侵略戦争であり、日本軍による殺戮略奪虐待等々の戦争犯罪が行われました。世界唯一の戦争被爆国であることを免罪符にするようにして日本の加害があまり取り上げられないため、原爆短編小説として書くとしても絶対日本の加害のことも書こうと思っていました。とはいえ、戦争をしていた頃はまだ赤ちゃんだった、死にゆく女の子が書いている設定の手記なので一つ一つ詳細には書けませんでしたが……。
照子の父や祖父が死んだ南の島はガダルカナル島やサイパン島、レイテ島あるいは南方諸島などを想定して書いています。特にサイパン島や南方諸島での戦いでは多くの市民を犠牲にしました。ガダルカナル島においては日本軍は初期に現地の住民に暴力的な態度を取り、これによって協力を得られなかったことも劣勢に立たされた一因となっています。これらの戦いでは戦闘による死よりも餓死や病死が多く、それらは日本軍の精神力の過大視、それによる補給の軽視、軍内部での対立と上層部の責任所在のあいまいさ等が原因となります。また、補給を軽視し十分な食料や装備が行き渡らなかったことが現地での略奪行為を助長し、戦争犯罪の拡大の原因ともなっています。照子の父や祖父は戦って死んだのか、病死したのか、餓死したのか……。
照子の伯父が参加したフィリピンの首都マニラでは日本軍とアメリカ軍による市街戦が1945年の2月から3月に行われ、現地の市民も多数犠牲になりました。これに関しては日本軍側が現地民は日本軍に敵対感情を持っていると決めつけ(確かにアメリカ軍に支援された現地民ゲリラ兵はいたが)無差別に殺戮したことがわかっており、戦後の戦争裁判で日本軍の現地指導者は絞首刑となっています。そもそも日本軍によるめちゃくちゃな植民地支配によりハイパーインフレが起きてアメリカ軍支配時代よりも遥かに貧しく飢えた状態になったという背景事情もあり、日本軍による劣悪な植民地支配が、フィリピンの人々がアメリカに協力する動機を養成していました(まぁ、そもそも植民地支配自体が悪ですが)。
照子の母及び叔母の兄たちが出兵した中国はご存知の通り……。盧溝橋事件から日中戦争が始まり、太平洋戦争へと拡大していきました。泥沼化して長期戦となり、多数の死者を出すだけでなく現地の人々を蹂躙しました。中国は中国で軍閥に分かれていましたが、日本は日本で軍内の統率が取れておらず、和平に向けて前向きになったと思えば決裂し……山東出兵から考えれば20年近く侵略・戦争しました。台湾を考えれば1895年なので……50年、半世紀。本当大日本帝国ってクソ国家だな。大変申し訳ありませんでした。
また、母・叔母の兄は所属していませんが(所属していたら沖縄には転戦しないので)、太平洋戦争中には731部隊による細菌・毒ガスを用いた残虐な作戦や現地住民を実験台にした人体実験などの戦争犯罪も行われました。尚、フィリピンのルソン島でも人体実験を行ったとされています。
沖縄に転戦した義兄以外の義兄たちは満州(中国東北部)からソ連の捕虜になった設定となっています。日ソ中立条約を破棄してソ連は満州に侵攻し、日本軍は壊滅状態でうまく日本へ帰還できた人もいますが、ソ連に抑留され過酷な労働で亡くなった人も多くしました。
登場順からは前後しますが、叔母の夫の兄(義兄)は家族内で日米に分かれて戦っています。広島は全国で1、2を争うほどに移民を排出した県であり(今も転出超過No.1県ですね)、出稼ぎだけでなくそのままアメリカ市民になった人も多くいました。太平洋戦争中のアメリカでは日系人の収容などが行われましたが、アメリカへの忠誠心を見せることで待遇を改善しようと兵に志願する日系人も多く、結果日系人の部隊が作られ過酷な戦線へと送られました。彼らが送られたのは基本はヨーロッパの戦線ですが、MIS(陸軍情報部)は太平洋戦争にも参加しています。この物語ではフィクションですが、実際に戦場で顔合わせ……ということもあり得たかもしれません。
母・叔母の弟は人間魚雷に搭乗し亡くなった設定となります。零戦に乗る特攻隊はよく取り上げられますが、魚雷に乗り込み船底に突っ込んでいく特攻もありました。呉の大和ミュージアムには人間魚雷「回天」の実物大模型と搭乗員の肉声、手紙が展示されています。外からハッチを閉められると脱出できなくなるため、船に体当たりしようとしなかろうと搭乗員は死ぬ自爆兵器でした。
現在はうさぎ島と呼ばれ人気の観光地となっている大久野島ですが、太平洋戦争中は毒ガス工場となっており、地図から消されていました。毒ガス工場での労働環境は劣悪で、防護服も十分ではなく、体調が悪化していよいよ働けなくなれば緘口令を敷かれた形で島から追放されました。また、島では女子学生を集めて和紙とこんにゃく糊で風船爆弾を作っており、これに叔母の夫の妹は参加していた設定です。この風船爆弾は実際にアメリカ本土に流れつき、死者が出ています。
一応この作品自体の焦点は原爆であり、設定上紙幅も限られるため、取り上げられていないもの(日本にいた外国人の人々はどうだったのか、植民地支配の詳細など)も多々あります。とはいえ、できる限り盛り込んだつもりではあるので、作品を読んで興味を持ち、原爆による被害がどのようなもので、どうして他の兵器以上に使用が反対されるのか、帝国時代の日本が何をしてきたのかを調べる人が増えたらと思っています。