とある系統のコメントを見ていて思ったことです(そのコメント自体はもうすでに消えています)。
たぶん、あまり愉快な内容ではないかもしれないので、読む場合はご注意ください。
雷帝JKに関する報告もありません。
まず最初に。
私は「書いてあることがすべて」という言葉が嫌いです。
正しい意味合いでちゃんと使うこともできるけど、言葉通りの意味合いで使うと明確に間違いだからですね。
書いてあることがすべてなら、書いてないことはないものとなるのか。
まったくもってそんなことはない。
コンビニに行って買い物をして、なにかを購入したのなら、買ったものは必ず存在する。
事情聴取のシーンがあって、事情説明が行われているのなら、その事情説明自体は絶対に行われている。
すべて網羅するように書くなんてことはしませんし、無理です。
主人公が学校から家に帰る時、歩いた材質すべてを記載しないと、どこかで無の上を移動したなんてことにはならない。
それからこれです。
「意図して書かないことで、不在の証明とする」という表現方法の存在。
例えば、描写がある人すべてがお金をポケットに直接入れていたとします。
財布を使わず、お金をそのままポケットに入れる。
「財布」という何かがあるならば、これはおかしいです。
なので「その人たちが財布を使わない理由」には触れられるだろうし、作中の誰かも財布に関していうかもしれない。
しかし、それに対して作中では誰も触れない。
地の文を含めて、それが当たり前であるかのように書かれている。
さらに、作中の状況は絶対的に正しい、作中キャラの思考は基本的に正常であるという大前提もあります。
その世界において、作中キャラクターたちは全員がその世界の常識の通りに動く。
これらを合わせると、「財布はそもそもないんだな。財布なんてない可能性があるな」と読者側でも考えることができます。
存在しない発明品をいちいちないとも書かないでしょうしね。書いても良いかもしれませんけど。
作中キャラは「財布」をそもそも知らなくて考えることさえできないか、現在は使わないのが普通か。
作中の状況は正しく、その状況になるための過程が絶対に存在する。
それ故に、免罪符として「書いてあることがすべてなので~」という感じで使っているのを見ると、「あ~……」ってなってしまう。
それから、これもちょっと思うことです。
小説を書いて遊ぶこと自体はやってましたが、実際に投稿もやってみて思ったことです。
「質問」ならば理解できますが、前提が変わると結構怪しい文章というのも存在します。
「なんで○○じゃないん? おかしいよね」という感じの、自分の考えこそが正しいという前提がある文脈。押し付けです。
しかもこれを、「地球ではない」という前提があってなおやってくる人がいるんだな、という部分。
これって、凄く反応に困るんです。
だって、「おかしくない」ので。
なぜなら、「私が決めた」ので。
私が考えて、決めて、そうして、正常な流れでそのシーンに入って、そうなった。
読者がやることは、作中の「現在」は正しいものとして、本文を読んで楽しみつつ、場合によっては「過程」を考えることだと私は思っていました。
そうして、私も読者をやっていました。
誰かのオリジナルの創作物に対して、本文内で完全に矛盾していたりしなければ、「おかしい」とは考えない。
基本的に、本文を材料に「現在」にあう「過程」を探して遊ぶ感じですね。
答えが提示されてる算数の虫食い問題。
問題の本文から埋める数字を推察する。
でも、適当な数字を虫食い形式の計算式のところに入れて、答えが合わないからって、「先生、答え違いますよ」とか言うのって、物凄く恥ずかしい。
信じられないことに、これをやってくる人が、居るんです。極少数ですが。
状況や説明されまくってる前提を、ゴリッゴリに無視した上で、です。
小説の読み方、誰かの創作の楽しみ方。
その基礎も基礎、それさえわかってない人が、たまに居ます。
凄くびっくりしました。
だからこそ、こういうコメントは凄く反応に困るんですよね。
もちろんほとんどの方は、感想や質問、報告や確認って感じでコメントをくれています。
批判は絶対ダメだ! という話でもないです。
ただ、一方的な押し付けや否定でありながら、的外れなものや、文章的になんのことを言ってるのかわからないものは、さすがにやめてほしいというやつですね。
そういう意味では「なにいってんだ……?」ってなるのが一番困るかもしれないですね。
言っている意味を特定するのに時間がかかったり、まるで意味が分からない系も、たまにあります。
しばらくやってみて思いましたが、おそらく私は「前提さえ無視した押し付け」が嫌いなんだろうなと。
それから「表現の範囲への踏み込み」でしょうか。意図を無視して「こっちのほうが良い」と言われるのは、本気でイラっと来ました。
なので「あ、この人その系統の人だな」ってなった人への対応は、割とアレな自覚はあります。
もちろん、そういう人自体はほとんどいません。