ハナス様に「近況ノート」の罠についてご教授を頂いた。(ハナス様っ!誠に有難うございました!)
うっかり変なボタンを押してしまうと、皆様にお読み頂けなくなってしまうという、実に摩訶不思議な機能が付いているらしい。
表現物は、見られ読まれる為に存在している。これを限定し制限するとは。一体そこにどのような哲学が働いているのだろう?と問いてみたくなる。
そう、今回は『哲学』のお話です。
本来は本編で書きたい内容だが、まずはここ「近況ノート」で書いてみたいと思う。なるべく重たくならないように。
僕は、「ついに哲学の時代が到来する!」と確信している。
皆さんは『カモメのジョナサン』をお読みになったことがあるだろうか?
僕は学生の頃にあの本に出会い、そのとおりだっ!と膝を打ったものである。
犬は、疾走る。
鳥は、翔ぶ。
人は、考える。
生きる為に考えるのではない。
考えることが、生きることなのだ。
…あれから月日は経った。学生時代よりも雑事は増え、生きることは考えることだっ!と胸を張れるような生活は、未だ出来ていない…
だが、しかし。
そう、AI革命だ。
そう遠くない将来、僕らの生活は激変する可能性が高い。
封建制度の崩壊と産業革命は、民衆を奴隷から労働者に変貌させた。資本主義は労働者に消費者という役割を付加させた。
そして、来たるAI革命は。
民衆から労働性を剥奪し、貨幣経済を終焉させるであろう。
このとき、人々は問われるはずだ。
自らに問わずには、いられぬはずだ。
「我々の価値とは、何か?」
「我々は、何故存在するのだ?」
そう。ついに来たのだ。
自らの思考だけが、自らの価値を定める時代。
えっ!むっちゃ楽しそうじゃん?
そう、むっちゃ愉しい。
しかし、同時に厳しい。
自らの生存を掛けた哲学の構築、これは決して生半可なことではないのだ。
…なーんて、ウソウソ!
哲学は決して難しいものではありません。
いや、こんがらがった思考を平易な言葉に変換させることは非常に難しいのですが、自らのなかで自ら思考するだけなら、決して難しくはないのです。ただ、問えばよい。
哲学とは「答え」でなく「問い」を求めるもの。答えは適宜AIが作るでしょう。僕らは、ただ問い続ける。
どこまでも、どこまでも、問い続ける。
…それは。この世界を探求し、意味を付加する旅となるでしょう。
でも。「ローマ人の休日」という言葉がある。これは、我々にとって警鐘です。『鉄腕アトム』のラストも、これをもじっていますよね。(手塚治虫はやっぱり天才ですねえ!)
労働から開放されたローマ市民は、如何にして生きたであろうか。
…同時に、この時代に哲学・科学・芸術が大いに開花したことも、また事実。
僕らは、どちらに進むのか?
…ついに。本番を迎える。
そんな気が、するんですよね。
以上、戯言でしたっ!
呪文堂 拝