どうも、こんにちは。サボり魔の呪文堂です。
皆さま、お元気にお過ごしのことと存じます。
先週は隠岐を旅していたのですが、東京に戻ってびっくり。大雨で車が浮き流れる騒ぎが千葉県で起こっていた事を、昨日知りました。(旅先ではスマホを封印していました。)何年ぶりにか実家に連絡したところ、実家付近は運良く何事もなかったとのこと。むしろ、息子から電話が来たことの方を驚いているご様子。
予想もし得ないことが、起こる。…いや、僅かな知識と経験則しか有せずに、あたかも世界を知った気になっていたこと、そちらの方こそをおそれるべきなのかもしれませんね。
違う。今回はそういう話じゃなくて、旅についてのお話です。
車窓に映る細い田舎道。そういうのを目にしますと、僕はそこを歩く自分の姿、そこから見えるだろう景色を想像してしまう。車窓から小道を眺める自分を離れ、その小道から電車を眺める自分。…その小道を日常的に行き来し、その地に在りし自分。そんなものを、刹那に思う。その刹那のなかに、「もしかしたらあったかも知れない、もう一人の自分」に出逢う。
その刹那をいくつも味わえる、これが旅の醍醐味かなあ、なんて思ったりするんですよね。
隠岐に流れる時間は随分とゆっくりでした。その碧き海に射す光は強く、風は塩を含みながらも爽やかでした。この地で創られた自分とは、一体どんなヤツなのかなぁ、なんて思いながらぶらぶらと歩いておりました。
(写真:西ノ島・摩天崖)