「いらっしゃいませ。滝川純子です。……本日は、どのような『私』をお探しですか?」
丸菱百貨店の開店を告げるチャイムが鳴り響く。
私は、一点の曇りもないショーケースの前に立ち、近づいてくる一人の女性の「肌」を凝視する。世間の人は、私たちの仕事を「美しく飾ること」だと思っている。けれど、それは大きな間違い。
私の仕事は、その人の顔に刻まれた「嘘」を剥ぎ取り、絶望の影を「希望の色」で塗りつぶすこと。
彼女の小鼻の横にある、微かなファンデーションのよれ。それは、昨夜彼女が流した涙の痕。口角のわずかな乾燥は、言いたいことを飲み込み続けてきた、孤独な時間の蓄積。
私には、彼女がどんな人生を歩み、今朝、どんな思いで鏡を覗き込んだのかが、毛穴の数よりも正確に分かってしまう。
「……お客様、左の眉尻をあと一ミリ、上げさせていただけますか?」
私は、プロのカリスマコスメガールの称号を獲得してからもずっと愛用してきたこの『極細筆』を手に取る。一ミリ。たったそれだけの角度が、彼女の沈んだ心を舞台へと向かう舞姫に変え、あるいは誰かを惑わせる美魔女に変える。
私は、ただの美容部員じゃない。このルージュの一筆で、世界という映画の『キャスト』を書き換える、神の代筆者(ゴーストライター)なのだから。
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