こちらをご紹介します。
この証書は フランツの人生で最も格式の高い公的栄誉のひとつだったのではないでしょうか。
署名者にはロプコヴィッツ侯・ハスリンガー等のウィーン音楽界の最高権威が並ぶ。
コンスタンツェ存命中の出来事であり、母にとっては“息子が父の都に認められた瞬間”だった。
ザルツブルク音楽院長人事の直前で、コンスタンツェの期待を大きく後押しした“箔”でもあったのかもしれません。
https://digibib.mozarteum.at/mobri/BriefeundDokumente/content/pageview/1941255【機械翻訳】
オーストリア帝国ウィーン楽友協会は、
フランツ1世陛下の最も慈悲深いご承認を受けた団体であり、
音楽芸術の領域で卓越した功績を挙げた人物に
深い敬意を表することを、その務めとしております。
このたび当協会は、
フランツ・クサーヴァー・ヴォルフガング・モーツァルト殿を
名誉会員(Ehrenmitglied)として選出し、
その証として本証書を授与いたします。
当協会は、
かくも優れた名声を持つ音楽家を
会員として迎えることを、
自らの名誉と感じております。
ウィーン、1841年2月15日
署名
アウグスト・ロンギン・ロプコヴィッツ侯
会長(Praeses)
フリードリヒ・クレム
理事会委員(Mitglied des leitenden Ausschusses)
ヨハン・バプティスト・イェンガー
事務局長・書記代理(Kanzleÿ-Director, statt eines Secretairs)
ヨーゼフ・キマーニ
代表者会議メンバー(Mitglied des Repräsentanten-Körpers)
トビアス・ハスリンガー
(署名)