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【バレンタインデー特別SS】春待ちのお祝い

 雪解けもまだ遠い、冬のとある日。
 今日は僕たち兄弟にとってはじめての、春待ちのお祝いだ。
 お祝いと言っても新酒祭りみたいに大々的なものじゃなく、家族や友人たちと楽しむ小さなイベントらしい。

『あなたに幸せな春が訪れますように』

 そんな挨拶と共に、花にまつわるお菓子やアクセサリーなどを贈り合う日なのだそうだ。

(なんだか、前世でいう海外版のバレンタインデーに似ているなあ)

 今世にチョコレートがないのは残念だけど、イベントと聞くと元日本人としては心が躍る。何より冬のヴァレーはちょっぴり退屈なので、楽しいことは大歓迎だ。

(午後はリュカを誘って、久しぶりにお菓子作りだ)

 数日前に、厨房を使わせて欲しいと調理長のグルマンドにお願いしてある。抜かりはない。
 そうとなれば、楽しみの前にさっさと仕事を終わらせてしまおう。そう僕は気を引き締めて、執務に取り掛かった。



「はあ、やっと終わった……。リュカ、にぃにとお菓」
「にぃに、きちゃ、めえっ!」
「え?」

 最速で執務を終わらせた僕は家族の談話室に入ろうとして、リュカから思わぬ拒絶を食らってしまった。
 リュカは短い手足で小走りに近寄ってくると、僕をぐいぐいと扉の外へ押し出そうとする。四歳児は意外と力が強くて、僕はたたらを踏んだ。

「にぃに、おじゃまなの! あっち、いって!」
「にいにが、お邪魔……?」

 おじゃま、おじゃま、おじゃま……と僕の頭の中で、何度も同じ言葉が繰り返される。
 最愛の弟に邪険に扱われるなんて、はじめてのことだ。衝撃に、思わず気が遠のく。

(僕、何かリュカの機嫌を損ねるようなこと、したっけ?)

 まったく心当たりがない。朝、最後に別れたときは、いつも通りの甘えん坊なリュカだったはずだ。

「まあまあ、リュカ。そんな言い方では、ルイが傷ついてしまうわ」
「ばあば、しー、なの!」
「あらあら。……ルイ、そうね。午後のティータイムまで席を外してくれるかしら? きっと、その頃なら大丈夫のはずよ」
「そんな……」

 何が何だかわからないけれど、どうやら僕にはナイショなことを二人はしているらしい。

(……仕方ない、か)

 ここで無理に暴こうものなら、本格的にリュカに嫌われてしまうかもしれない。それだけは避けたい。

「わかったよ」

 僕は了承したものの、自分でも自覚があるほどの哀愁を漂わせて、肩を落とした。



※リュカ視点※

「ばぁば、ちくちく?」
「ええ。今日は『春待ちのお祝い』だから、お花の飾り(コサージュ)を作っているのよ」
「はりゅ……おいわい? なあに?」

 おはな、かあいい。ふりふり、きれえ〜。

「ふふふ。大好きな人に、いつもありがとう。元気に春を迎えられますように、とお花をプレゼントする日なの」
「だいしゅき、いちゅも、ありあと……」

 りゅー、にぃに、だいしゅき。ありあと、しゅる!

「にぃに、おはな、ぷれれんと!」
「あら、リュカもルイに? そうね、端切れもリボンもたくさんあるもの。リュカが選んだ布で、お花を作りましょうか」
「やっちゃー!」

 じゃんばい! ばぁば、やしゃち。しゅき!

「ほほほ。さあ、リュカ。どの布を使いたいのかしら」
「んっとねー、こりぇとー、こりぇ! あ、こりぇも!」
「まあ、欲張りさんね。でも、その分豪華なお花が作れそうだわ」
「えへへ〜」

 ばぁばのおてて、まほー? ちょきちょき、ちくちく、ぎゅー、ぱっちん。おはな、できちゃ!

「ほわ〜〜〜、しゅごい!」
「ただ、ぐし縫いすれば良いだけですもの。リュカでも作れるようになるわ。試しに、ここに針を通して……。そうよ、上手ね。お手々を刺さないように気をつけるのよ」
「あい!」

 むちゅかち。ちっくん、いたい、いたい。りゅー、こあい。

「あとはこのお花を五つ重ねて、中心を糸で留めれば……。完成よ。すごいわ、リュカ」
「にぃに、うれち?」
「ええ。もちろん。絶対に喜ぶわ」

 にぃに、にこにこ。りゅーも、うれち。なでなで、だっこ、たくしゃん、ちてもらうの。



 二時間ほど経って、そろそろ午後のお茶の時間だ。

(リュカのナイショとやらは、終わったかな?)

 もしかして、僕の十四歳の誕生日のように、お手紙でも書いてくれているのだろうかと、ふと思う。それなら、嬉しいのだけど。
 僕は出来立てのお菓子とお茶を収納(ストレージ)に仕舞うと、家族の談話室へと向かう。
 グルマンドと二人寂しく? 作ったお菓子は、会心の出来だ。早くリュカの喜ぶ顔が見たい。
 部屋の前にたどり着くと、僕は念の為ノックをした。もう二度と、「お邪魔」なんて言われて追い出されたくない。

「リュカ、にいにだよ。もう入っても良い?」
「もーいーよー」

 弾むようなリュカの声に、僕は部屋の中に入る。
 リュカはそわそわとお尻が落ち着かない様子で、ソファに座っていた。おばあちゃんはそんなリュカを微笑ましそうに見ている。

(これは、もしかしてもしかすると?)

 僕は緩みそうな口元を慌てて引き締めると、リュカの足元に跪いた。僕はお兄ちゃんなのだから、万が一にも弟に出遅れるわけにはいかない。

「リュカ、これ、にいにからのプレゼントだよ。リュカに、幸せな春が訪れますように」
「にぃに、ありあと! わあ〜、ぶどーの、おはな!」

 僕がリュカに贈ったのは、本物の葡萄の花……ではなく、葡萄飴の花束だ。
 串に刺した葡萄の実に飴を纏わせ、花束のように束ねている。前世みたいに便利な包装紙はないので、葡萄の葉でラッピングした。

「おばあちゃんにも。幸せな春が訪れますように」
「あらあら、まあまあ。ありがとう」

 ラベンダーの香水を愛用しているおばあちゃんには、ラベンダーのシロップと砂糖漬けで作った飴の花束を手渡す。
 甘く芳しい花の香りに鼻を近づけ、おばあちゃんは顔をくしゃくしゃに綻ばせた。

「りゅーも、にぃにに、ぷれれんと!」
「えっ⁉︎」
「あい、にぃに。いちゅも、ありあと! だいしゅきー!」

 リュカは僕が贈った花束をしっかり握りしめながら、ソファの後ろに隠していた布の袋を僕に渡す。
 袋からさっそくプレゼントを取り出すと、大ぶりの花のコサージュが入っていた。
 青・紫・紺の花びらがグラデーションを描き、大人かわいくて上品な印象だ。

「りゅー、ちくちく、ちた!」
「えええ⁉︎ リュカの手作りなの⁉︎」
「ふふふ。本当よ。リュカが布を選んで、ひと針ひと針丁寧に縫ったのよね」
「ね〜、ばぁば」

 僕は驚きに言葉が出ない。僕の弟は、天才じゃないだろうか。
 リュカのお手々は本当に小さくて、僕の手のひらとギリギリ同じくらいだ。指先だってとても短い。

(まだ四歳で、針を持つのだってはじめてなのに……)

 幼いリュカが一生懸命縫ってくれたのかと思うと、僕は邪険に扱われた切なさなんて、一瞬でどこかに吹き飛んでしまった。

「どうかな、にいにに似合うかな?」
「にぃに、しゅっごく、かっくいー!」

 僕は左胸にブローチをつける。
 この胸に咲き誇った花をヴァレー中に、いや、世界中に見せびらかしたい気分だ。

(ほんと、リュカには敵わないな……)

 気がつくと、僕は僕が差し出した以上の幸せを、リュカからもらっている。リュカの笑顔が、僕の心をぽかぽかと温めてくれる。

「ありがとう、リュカ」
「どうちたまちて」
「ぷっ。はは」

 かわいらしいリュカの言い間違いに、つい吹き出してしまう。
 じんわりと目に浮かんできた涙を堪えながら、僕はリュカの頭を優しく撫でた。




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 いつも「祖父母をたずねて家出兄弟二人旅」をお読みいただき、ありがとうございます。
 4月19日発売の②巻の予約が、下記書店さまで開始しました。
 もしよろしければ、ご予約いただけますと嬉しいです!(発売から1週間以内の売れ行きで、続刊が判断されることが多いため、何卒)

 二巻は一巻以上に、加筆修正&新エピソードもりもりで、美味しいごはんあり、涙ありとなっています!

2件のコメント

  • お尻ふりふり(まではしてないけど)するリュカを想像すると萌えますね(笑)
    いつまでもお兄ちゃん大好きリュカでいて欲しいものです。
  • > ライファさま

    コメントありがとうございます!
    リュカは、もじもじしつつも、「褒めて!」といった感じで胸をえっへんと張っていると思います。
    将来、思春期になった時がどうなるか……ですね。
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