ifに近いパロディとしてお読みください。そして、ギリギリ? ハロウィンに間に合わなかった……。すみません。
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今日はハロウィン。
一年に一度、子どもだけがお菓子をもらえる日だ。
そろそろ日が暮れそうないま、僕たち兄弟の家でもあるヴァレー邸の広間には、準成人に満たない町の子どもたちが集まっていた。ざっと百人近くはいるだろうか。
どの子も、シーツのおばけ・ちびっこ魔女や魔法使い・猫耳尻尾など、思い思いの仮装をしている。圧倒的癒しだ。
そこに、おばあちゃんに手を引かれて、弟のリュカがやってきた。
「ふふふ。ルイ、リュカのお着替えが終わりましよ」
「にぃに、りゅー、かあいい?」
「リュ、カ……?」
僕は声の方向に振り返って……言葉を失った。
(リュカがどんな仮装をするかは、当日のお楽しみって……。おばあちゃん、こういうことかー!)
僕は口を開けたまま、おばあちゃんを見る。おばあちゃんは、達成感でいっぱいの満足そうな表情だった。
(はあ……。おばあちゃん、娘が欲しかったって言ってたもんな)
十中八九、ウキウキで悪いノリしてしまったのだろう。
「にぃに?」
「え、えっと、うん。リュカ、可愛いよ……。よく似合ってるね」
「えへへ〜。ありがとう、ごじゃいます」
リュカはふりふりのスカートの裾をつまんで、右足をちょこんと引く。可愛らしい、淑女のお辞儀だ。男だけど。
そう、リュカの仮装は「女装」だった。
不思議の国のアリスを彷彿とさせるミニドレスを纏い、ご丁寧にヘッドドレスまでつけている。
どこからどう見ても、女の子にしか見えない。
「りゅー、おひめしゃま。にぃには、おうじしゃまなの」
「僕が王子様……」
ひくりと頬が攣る。上品に笑うおばあちゃんの瞳に、隠しきれない「してやったり」が滲んだ。
(なるほど。そういう設定の仮装かあ……)
僕はため息をつく。仕方ないなあと、リュカに手を差し出した。
「では、お姫様。お手をどうぞ」
「あいっ」
そうして、僕は今日だけ妹でお姫様なリュカのエスコート役を、買って出たのだ。
♢
毎年恒例、ハロウィン子どもパレードは、ヴァレー邸から出発する。その前に。
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」
言い間違え、舌足らず、テンポズレもなんのその。子どもたちは口々に今日限りの魔法の言葉を唱えて、グルマンドからお菓子の入った巾着を受け取っていく。
ほんのり、焼き菓子の香ばしい匂いが広間に広がった。
(かぼちゃのミンスパイ、美味しかったなあ)
この家の子の特権という訳ではないけれど、僕は三時のおやつに味見済みだったりする。
手のひらサイズの小さなパイ生地の中に、かぼちゃ・胡桃・干し葡萄を詰めて焼いたお菓子は、生地はさくさく、餡はほくほくで最高だった。
僕が味を反芻していると、シーツのおばけの仮装をした小さな子が一人、トットットと軽やかに歩き、窓辺に近づいていくのが目についた。
大きなシーツをかぶっているので、裾がずるずると床についている。
(あれじゃあ、歩きにくそう。っていうか、保護者はどうしたんだろう? はぐれちゃったのかな?)
その子の側に、保護者らしき大人が見当たらない。子どもは突拍子もない行動を取るものなのに、目を離すなんて。
案の定、その子はこっそりと窓を開けて、テラスに出てしまった。
「おばあちゃん。外に出ちゃった子がいるみたいだから、ちょっと見てくれるよ。リュカをお願い」
「あらあら、なんてこと。悪いけど、お願いね」
リュカをおばあちゃんに託し、その子のあとを追う。
テラスに出ると、裾を翻して薔薇のアーチがかかった通路を走っていくのが見えた。
「おーい。きみ。庭に入ったらだめだよ。戻っておいで」
呼びかけても、振り返りさえしない。仕方なくさらに後を追うと、その子は左に曲がる。一瞬、薔薇の木の陰で後ろ姿が見切れた。
「ねえ、そろそろパレードがはじまっちゃ……う、よ……。あれ……?」
僕も左に曲がると、確かにいたはずのその子の姿は、跡形もなくなっていたのだ。
(いない……?)
庭はどんなに背丈が高くても、僕の腰くらいまでの植物しか植っていない。つまり見通しが良いのだ。
左から右、右から左とよくよく見渡す。それでも、庭には人っこひとりいなかった。
♢
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」
百人近い子どもたちが、そう言いながら町の外苑通りを練り歩く。
外はもう薄暗く、保護者たちが手に持ったオイルランプの灯りだけが頼りだった。
(さっきの、なんだったんだろう……)
まるで、前世で言う狐に化かされたかのような出来事だ。
あの後、広間でも探してみたけれど、同じおばけシーツの子を僕は見つけられなかった。
「とんとんとん。おかち、くれなきゃ、いたじゅらするのー!」
「ははは。おお、怖い怖い。では、このお菓子をどうぞ」
「ありがと!」
家の玄関にかぼちゃのランタンが飾ってあれば、「お菓子をあげます」と言う合図だ。
リュカやほかの子どもたちは礼儀正しく扉をノックすると、その家の住人からお菓子をもらっていく。
十数分も歩けば、折り返し地点に辿り着いた。
「にぃに〜! おかし、いっぱーい、もらった!」
「本当だ」
リュカは籠のなかの戦利品を見せてくれる。
お菓子は、クッキーなどの日持ちする焼き菓子が一番多かった。次点で、ドライフルーツやナッツか。どれも素朴で、美味しそうだ。
(まあ、こんなに子どもの数が多いから、どうしても安く数を揃えられるものにもなるよね)
それでも、子どもたちのために少しだけでもというのが、ヴァレーの良いところだと思う。
それに、たとえ一人一人の量は少なくても、人数が多ければたくさんのお菓子がもらえるのだ。
リュカがまた別の家に突撃していくのを、僕は見送る。
「オオット、すまないね。うちの頭はなんだか据わりが悪くて」
「え? いい、え……え?」
その時、突然、僕の足元にかぼちゃのマスクがごろんと転がってきた。
本物のかぼちゃをくり抜いて、目・鼻・口を切り抜いた、いわゆるジャック・オー・ランタンだ。
僕が両手でよいしょと持って手渡すと、持ち主の青年は頭にすぽっと嵌めた。そう、被るじゃなくて、嵌め込んだのだ。
(この人、いま顔というか頭、あった……?)
あたりはすっかり夜の闇に包まれている。
ジャック・オー・ランタンの声は人間、それも若い男性のものだ。僕はあまり夜目が利かない方だから、見間違えたのか?
でも、一度あったことは、二度ある。
そのことに気がつくと、暗い路地裏の向こう、人気のない家の窓の隙間、月明かりに浮かぶ木陰、そんな些細なものにまで恐れを感じてしまう。
「あなたは、誰……?」
「ヤァヤァ。おばけでも見たような顔だね。ちょっとした冗談なのに」
「え、冗談?」
まんまと騙された怒りや悔しさ、呆れの気持ちがじわじわと湧いてくる。つい青年を睨んでしまった。
「オオ、コワイ。お詫びに、これでどうか機嫌を直して」
そう言うと、青年は収納からミニサイズのかぼちゃランタンをいくつも取り出して、空に浮かべる。
(浮遊魔法? 何十個浮かべてるんだろう。すごい魔力量と技だ……)
「ソーレ」
青年の掛け声で、ぽっぽっぽっとかぼちゃランタンに灯りが灯る。暗闇をオレンジ色に染める、優しい光だ。
「わあ、綺麗……」
僕だけではなく、その場にいたすべての人間がその不思議なイルミネーションに見惚れる。
ふわふわと小さなジャック・オー・ランタンが浮かぶ夜空は、ひどく幻想的だった。
♢
十分ほどで突然灯りが切れて、真っ暗になった! ……と思ったら、かぼちゃランタンも綺麗さっぱり消えていた。
そのうえ、あのジャック・オー・ランタンのマスクを被った青年も、姿をくらましてしまったのだ。
邸に戻った僕はどうしても気になって、おじいちゃんとおばあちゃんに心当たりのある人はいるか、と尋ねたのだけど……。
「そもそも、ハロウィンは子どもだけの祭り。ルイより上の若者は、そもそも参加してないはずだ」
「ええ、そうね。広間に、若者どころか父親世代もいなかったわよ?」
「え」
(じゃあ、あれは冗談じゃなかった……?)
そんな言葉が口をついて出そうになる。もう何が何だかわからない。けれど、一つだけわかったのは。
ハロウィンの夜は、もしかしたら不思議なことが起こるかもしれないということ。