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【特別SS】贅沢な冷たいデザート

 ヴァレーで迎える二度目の夏。
 前世の日本に比べれば湿気が少なくて、過ごしやすい季節……ではあるけれど、日中はやっぱり日差しが強くて暑い。
 特に今日みたいに日当たりの良い南側の葡萄畑での農作業は、しんどいものだ。飲んだ端から水分が蒸発しているような気がする。

(暑い……アイス食べたい……。氷たっぷりの炭酸ジュースでも良い……!)

 ないものねだりだとはわかっていても、僕はそう思わずにはいられなかった。
 今世では夏の氷は貴重だ。ヴァレー家主導で氷河洞窟から少しずつ氷を切り売りしているけれど、主に医療用だったりする。娯楽目的で買おうと思うと、目玉が飛び出るくらい高くついた。
 だから、ちょっと賢くて魔力に自信があるものは、冬にできるだけまっさらな雪や氷を収納(ストレージ)に入れておくのだ。そう、僕みたいに。

(今夜は、とっておきをみんなにお披露目しよう。もう少し我慢するつもりだったけど、これ以上は夏バテしちゃいそうだ)

 だらだらと垂れてくる汗を首からかけたタオルでぐいっと拭いて、僕はそう心の中で決意したのだ。

 ♢

 その日の夕食後。
 家族揃って談話室でまったりとした食後を過ごすなか、僕は収納(ストレージ)からあるものを二つ取り出した。

「実は、夏の暑さにぴったりのデザートを作ったんだ」
「ほう……。なんの変哲もない土鍋に見えるが……」
「まあまあ。ルイがそう言うからには、さぞや特別なのでしょうね」
「にいにのでじゃーと、たのちみ!」

 掴みはオッケー、かな? みんな興味津々だ。
 僕はもったいぶらずに、土鍋の蓋を開ける。中には……。

「じゃじゃーん。葡萄シャーベットだよ」
「「シャーベット……?」」
「ほわ〜〜〜」

 そう、夏の暑さにぴったりのとっておきデザートとは、真冬に葡萄ジュースを凍らせて作っておいた天然シャーベットのことだ。
 贅沢にも、味は黒葡萄と白葡萄の二種類ある。
 僕はさっそく小さなナイフでシャーベットを切り分けはじめた。硬いけれど、放っておくとあっという間に溶けてしまうので、時間との勝負だ。
 悪戦苦闘しながら一口サイズに切ったシャーベットを二種類とも小皿に盛り付けて、みんなに手渡す。

「さあ、溶けないうちに食べてみて」
「あ、ああ」
「あらあら、冷たいわ!」
「じゅるり……。いたっきま〜しゅっ!」

 おじいちゃんとおばあちゃんは恐る恐る小さな一口を口に運び、リュカは大きな一口をぱくっと頬ばった。

「「!」」
「ちゅべたっ! おいちい!」

 驚き、瞳が輝きだしたみんなの表情を見れば、美味しいかどうかなんてすぐわかる。
 その反応に満足した僕も、まずは黒葡萄味をすくって食べてみた。

「ん〜〜〜! 冷たくて美味しい!」

 シャリシャリっとシャーベットが溶けて、太陽をいっぱいに浴びて完熟した濃厚果汁が口に広がる。
 冷たいと甘みが感じづらいとどこかで聞いたような気がするけれど、砂糖もはちみつも使っていないのに十分な甘さだ。
 次に白葡萄味も食べてみたけれど、こちらも甘くてマスカットに近い華やかな香りがたまらない。

「おいちい!」

 初めての冷たいデザートに、リュカは夢中になってすごい勢いで食べている。ちらっとのぞいた舌は、葡萄色に染まっていた。

「あ、リュカ。そんなに急いで食べたら……」
「〜〜〜!」

 突然、ピタッと動きを止めたリュカは、涙目でぎゅうっと顔をしかめた。すごい表情だ。

「……頭がキーンって痛くなるよって言おうと思ったんだけど。ちょっと遅かったか」
「ふえっ……にいに〜〜〜!」
「大丈夫、大丈夫。ゆっくり食べれば痛くならないから」
「ぐすん、あい……」

 まだ涙目のリュカは、食いしん坊らしくそれでもシャーベットを食べることはやめない。ちょびちょびと舐めるように食べている。
 そんなリュカを、僕たちは必死に笑いを噛み殺しながら見守っていた。

 ♢

 その後、どこからか話を聞きつけた調理長のグルマンドに懇願され、僕は少しだけシャーベットをお裾分けをしてあげた。
 そのことがきっかけで、グルマンドは葡萄以外の果物の果汁を凍らせるなど独自のアレンジを試行錯誤していく。
 そうして、いつしかシャーベットの噂が噂を呼び、徐々に町の住民たちにも広がっていった結果、北側の葡萄畑の端っこに雪室ができるのは、そう遠くはない話──

2件のコメント

  • 久々の幼いリュカ成分。
    夏になるとリュカに強請られそうなメニューですねぇ(笑)
  • > @ライファさま
    コメントありがとうございます。
    四歳ごろのリュカですね。冷たいシャーベット→凍らせた果実と、年々色々な種類が増えることかと思います。
    私も完熟葡萄、食べたい……。
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