※ リュカが四歳頃のお話です。虫が登場しますので、ご注意ください。
「「じゃ〜〜〜んぷっ!」」
「ククク〜〜〜!」
あいにくの雨のなか、仲良くお手々を繋いだやんちゃ坊主たち……リュカと保育園のお友達が、せ〜ので水たまりにジャンプした。
ばっしゃ〜んと盛大に上がった水飛沫に、リュカたちはケラケラと笑う。メロディアなんて、全身泥まみれだ。
「たのちい〜ね〜」
「ね〜〜〜」
「ククク〜」
にっこりご機嫌なのは良いけれど、保育園から家への帰り道は遅々として進まない。「早くお家に帰ろう」とか「汚れちゃうよ」の言葉もなんのそのだ。
リュカたちは水たまりから水たまりへ、まるで吸い寄せられるかのようにジャンプで飛び込んでいく。
(あ〜あ〜。これは帰ったら久しぶりに桶にお湯を張って、お風呂で丸洗いかなあ。洗濯も大変そうだ……)
一応、リュカたちはてるてる坊主よろしく、真っ黄色の雨靴とかっぱを着ている。
でも、これだけ派手に遊べば、ズボンがぐっしょりなのは当然のことだった。かっぱに隠れて見えないけれど、きっとパンツにまで泥水が染み込んでいることだろう。
「温かい雨だから、風邪をひくことはないと思うけれど……。それにしたって、豪快すぎる」
「そうね〜。夏から秋にかけてはめっきり雨が少なくなるから、きっと物珍しさもあるのよ」
僕はすでに諦め、悟ったような表情をしたお友達のお母さんと、苦笑を交わした。
「ぴちゃ、ぴちゃ♪」
「じゃぶ、じゃぶ♪」
「クン、クン、クン♪」
「あっ!」
突然、リュカが大きな声を上げる。どうやら何かを見つけたようだ。
お友達の手を引いて駆け寄ると、水たまりにお尻が浸かることも気にせず、地面にしゃがみこんだ。
「? リュカ、どうしたの?」
「にいに〜! みみじゅ!」
「うにょ、うにょ〜!」
「ククク〜!」
振り返って掲げたその手には、立派な太さのミミズが! まるで宝物を見つけたかのように、リュカは誇らしげだ。
(ひえええ〜〜〜)
農作業をしていれば、虫なんてそこかしこにいるものだ。いちいち嫌厭(けんえん)していては、進む作業も進まない。
だから、これでもだいぶ慣れたつもりだけど、いつまで経ってもミミズを気持ち悪いと思う心に変わりはなかった。
「リュ、リュカ。ミミズは美味しい葡萄を作ってくれる大切な虫だから、元の場所に返してあげよう? ね?」
「あ〜い!」
リュカは良い子の返事で、ミミズを道の脇に返してあげた。……のだけど、どうやらやんちゃ坊主たちの興味は、水たまりから虫へと移ってしまったらしい。
どこで見つけたのか、いつの間にか手に持っていた枝でほじくり返しては、ひょっこり顔を出したダンゴムシをツンツンした。
「わ〜! くりゅんって、まりゅくなった!」
「ほわ〜、まんまる〜!」
「ククク〜!」
「めろちゃんも、まんまりゅ!」
対抗心からか、メロディアまでなぜかリュカの手のひらで丸くなる。なんとも楽しそうだけど……。
「僕たち、いつになったら帰れるんだろう……」
「もうちょっとの辛抱よ。子どもなんてお腹が空けば、自然と家に帰るようになるわ」
ため息を一つ吐く。僕とお友達のお母さんは、傘を差しながら子どもたちの後ろをついていった。
町へと続くこの坂道や葡萄畑のあちこちには、真っ赤な薔薇や薬草も植えられている。
雨の日の散歩だと割り切ってしまえば、きらきら光る雫をまとった花や緑は目にも美しかった。
「薬草は虫除けのためだってわかるけど、薔薇がなんで葡萄畑に?」
「ああ、病害虫を早く見つけるためよ。葡萄よりも薔薇の方が繊細でね。真っ先に病気になるから、葡萄に広がる前に対処できるって寸法なの」
「へ〜」
「って言われてるけど、ヴァレーじゃ昔っからの習わしだからってのもあるわね」
「な、なるほど……」
僕たちがそんな話をしている間に、リュカたちはせっせと泥水をこねていた。みんな地面にどかっと座り込んで、それはもう真剣に。
水たまりに躊躇なく両手を突っ込んでいるから、半袖のひじまで泥だらけで、顔もすっかり天然の泥パック状態だ。
ここまでくると、いっそ清々しくて笑いしかでない。
「ぷっ。リュカ、すごい顔〜」
「う?」
「ははは。泥遊び、楽しい?」
「たのちい! にゅるにゅる、とろとろ〜!」
にぱあと笑ったリュカは、ドロドロの両手をパーにして見せつけてくる。……とその時、リュカのお腹が大きくぐうと鳴った。
つられるように、お友達とメロディアまでお腹を鳴らして手で押さえている。
「にいに〜! りゅー、おにゃか、へった〜」
「オレも、ごはん!」
「ククク〜!」
途端に始まった「はらへった」コールに、やっと帰れそうだとお友達のお母さんと目配せした。
この機会を逃してはなるものかと、さっさと僕が出した水生成(ウォーター)で全身の泥を流し、収納(ストレージ)から取り出したタオルで顔を拭いて、手をつなぐ。
すると、子どもたちもやっと大人しく家に帰る気になってくれたようだ。
「ばいば〜い」
「また、あした〜!」
「ククク〜」
日が長くなって、まだ明るい夕方の空に子どもたちの声が響く。リュカたちにとっては、思いがけず楽しい雨遊びとなったことだろう。
それは、なんだかんだと内心文句を言っていた僕にとっても。
(前世の日本はどこもかしこもアスファルトで覆われていて、風情なんてこれっぽっちもなかったからなあ)
さあーと降り続く雨が傘を弾く音、立ち昇る水と土の匂いに、ほんのりと混じる薔薇の香り。
まばらに生えた下草とぬかるみに足が沈む感触や、湿度を感じない風の気持ち良さも。
それまで当たり前だと思って全然意識していなかった風景が、まるで違って見える。そんな、初夏の帰り道だった。