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(。´・ω・)? 553>1107 ?

「死刑制度に反対する人は死刑囚だ」

これについては明らかに偽ですね。対偶を取れば
「死刑囚でないならば死刑制度に反対ではない」となり、真でないことが言えます。

この文章を
「スパイ防止法に反対する人はスパイだ」

と書き変えてみると、この文章は対偶を考えると偽ということが言えて、声高にこれを強く正しいと主張する人と自分の頭の基準が違うんだなと感じます。

基準って何でしょうね。コメディについて基準線を示して、そこからのズレを楽しむことを考え狙っているのですが、基準線の説明を省けば省くほど、読者(聴衆)の持っている基本的な考え方、いわゆる常識というものを考えることが大事になってきます。

それで多様的な考え方が大切にされている今の状況の中、自分はどこを基準線としてどこを常識として捉えるか、読者との乖離がないか、そんなことを意識し始めました。

東京大学の次期総長に553票を獲得した人が1107票を獲得した人を抑え込んで選ばれることが決まりました。自分の持っている基準としては1107票を獲得した人が選ばれると思うのですが、東京大学での総長選出の基準は違うようです。多様性の時代ですね。民主主義って何だろうって思います。

物語を書く上でAIの使用状況が最近注目されていますが、個人的にはAIを使用するのに否定的では無いですね。ただ「晴天は遠く」を作っているときに感じたことがあり、それはAIを使うと創作の速度が異様に上がるが、深い部分まで脳を潜り込ませるのが難しくなる。人間の脳は省エネを好むので、自分の場合組み立て方の考察が弱くなるんですよね。これはマズいなと感じていて、AIを使用しない方が自分にとってプラスだなと考えています。

「に」「へ」「へと」「は」「が」「を」などを悩んで地の文を考え、できるだけ登場人物の名前を出さないように会話劇の構成を考える。そういう体力を落とさないことが自分にとって大事だなと。言い換えるとエピソードを書く上での基準線を引くならこの部分だなと思うわけです。

今、ラブコメ2つと異世界ファンタジー1つの話の出だしが自分の頭の中でぐるぐると回っています。出だしがぐるぐるしているので物語の着地点ゴールはまだ見えない感じですが、どういう風に基準を作ってもっていくか、上記のうちラブコメ1つと異世界ファンタジー1つをアイディアのメモを溜めています。
おそらくchatGPTを使用してブレインストーミングをすればアイディアの広がり方が早くなるのと思うのですが、今回はAIは使わない方がいいなと判断しています。時間がかかっても脳に負荷をかけることが今現在、価値が高いとの考えたからです。

「晴天は遠く」の執筆についてはイベントアイディアが2つあるのですが休止し、また新しい連載になりそうな上記の2つの作品のうち、ゴールが見えそうな1つの作品に行こうかなと考えています。というわけで(短編以外は)時間がかかりそうなので、しばしお待ちを。どうにか形にして公開できるよう頑張ります。

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