米国では、刺激を極限まで高める方向に進化してしまい、
無理筋とも思えるほど過激な表現へ踏み込むようになった。
https://kakuyomu.jp/users/ichika_novel/news/2912051606094212655
要旨をもう一度書いておくと、
「愛してはいるが、危険だから選ばれない男」として古典ゴシック悲劇をミステリー観点から描いていた『オペラ座の怪人』から一転して、
(なんとアントニオ・バンデラス × サラ・ブライトマン版)
https://youtu.be/j9qLfyLowjg
(The Pussycat DollsのNicole Scherzingerによるバージョンまである……!!!)
https://youtu.be/tE6SRBnDHx8
更にドラマ『バフィー 〜恋する十字架〜』『ロズウェル 星の恋人たち』を経て
映画『トワイライト』シリーズが「危険だからこそ惹かれる。しかも、その衝動を私のために抑えてくれる」というダークロマンスへと世紀の世界的規模の転換を果たしました。
一方、日本では、以前から根付いている
裏社会・ヤンキー・ヤカラ・任侠ものとの親和性を高め、
「危険な男が、私だけを選ぶ」という究極のシンデレラ願望を成就させ👸🏼、
「ヤンデレ」的な快楽へ接続し始めていて、おそらくこれは止まらない流れです🤯
https://kakuyomu.jp/users/ichika_novel/news/2912051606098923829
さて。では、この前置きも踏まえた上で――。
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今や世界中のNetflix会員の60%以上が韓国作品を視聴しており、
韓国作品はNetflixのグローバルTop10へ、90ヶ国以上で繰り返しランクインしています。
https://about.netflix.com/en/news/netflix-takes-k-content-to-new-heights-with-2023-slate
対して、日本からは「ヤンキー × 純愛」を輸出した『ラヴ上等』シーズン1が、
週間グローバルTop10(非英語シリーズ)へ、3週連続でイン(かろうじて)。
更に、韓国のグローバルOTTアワードでも受賞を果たしました。
韓国作品との規模の差はまだ大きいものの、
日本の映像コンテンツが海外でここまで評価されたこと自体、
近年では、もちろん大きな快挙です(アニメ作品を除く)。
日本経済そのものから上昇感が失われるにつれ、
「上へ行けば幸せになれる」という夢も、
だんだん嘘っぽく見えるようになった。
誰かに救い上げてもらうシンデレラではなく、
生まれや育ちによって、先に社会から烙印を押された者たちが、
その烙印を消すのではなく、自らも和彫りという刻印を身体に刻む。
支援の届かない薄暗い場所で生きながら、
それでも互いを選び、手を握り合う「純愛」――。
そんな、社会そのものが下降局面にある日本で、
転落や脱落まで抱え込んだ「限界表現」を、
いまや世界が興味津々で覗き込んでいる。
『ラヴ上等』の反響を見ていると、そんな風に思えます。
心理学用語でいうと、「下向きの反実仮想思考」であり、
ダニエル・カーネマンという心理学者の実験によると、
実は「上向き」よりも「下向き」の方が心理的満足度は高いらしい😰
つまり、のぞき見するのであれば、他人の不幸は蜜の味であり、
見上げるより見下す方が、好奇心は元から満たされやすいらしい🙄
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では、ここから本題へ。
その一方で、巨大な世界市場を手にした韓国は、次にどこへ向かおうとしているのか❓
その韓国が強く押し出しているように見えるのが、「ロマンススリラー」です👻
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なぜ今、この組み合わせなのだろうか❓
まず「スリラー」という表現から考えてみます。
その起点を遡るなら、やはりMichael Jackson『Thriller』を思い出します。
https://www.youtube.com/watch?v=4V90AmXnguw
恋人とのデートという、ごく親密な場面から始まって、周囲が
どんどん不穏にスーパーナチュラル/パラノーマルへ変貌していく。
この構造は、既に見たダークファンタジーと、とても相性がいいです。
人の変化から、闇や強大な力を描いている、韓国の『紅の砂漠』型。
https://kakuyomu.jp/users/ichika_novel/news/2912051606129233960
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ですが、韓国と同じ「ロマンス × スリラー」でも、
刺激をどこへ置くのかは、かなり違っています。
現在の米国は、二人を置く「状況」を極限まで追い込み、
その中で二人が何を「選択」するかを描く表現が多い。
日本は、もともとアニメやラノベが強く、キャラクター主導型の物語に長けた風土があり、
危ういほどの「男の権力」と「シンデレラ側の不遇」
というニンゲン属性を、過激化して描くようになってきた。
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一方、世界規模の韓国型「スリラー」を見ると、
やはり日本よりもMichael Jackson『Thriller』型に近いです。
このところ、韓国/中国の妖狐表現を調べていたこともあり、
『九尾狐(クミホ)伝』を観ているのですが――📺
(とても長いシリーズで、まだ観終わらない💦)
日本側の「属性語り」に置き換えるなら、まず目につくのは、
1000年を生きる、危険な妖狐ヒーローという記号。
ところが実際に観てみると、中身はややスリラー × ホラー。
島から住人がごっそり丸ごと忽然と消える。
火葬施設では怪異、幽霊騒ぎが起こる。
日常のすぐ隣に、人ならざるものが暮らしている。
だから、取り合って立ち向かう中で恋愛感情が芽生える、というもの。
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日本型:「もっと悪い男」「もっと不遇な女」「もっと酷い家族」「もっと記号属性を強めたキャラクター」
韓国型:「もっと逃れられない因果」「もっと怖い怪異」「もっと過酷な規則」(兵役風土により)
怪異や因果、過去というような、
たとえ妖狐であっても逃れられない地獄の「規則」👹
その中で、恋する二人が何を選択するのか。
韓国作品は、折衷型です。
日本のように血縁や年配者を、手っ取り早い「虐げ装置」にすることもせず、刺激のインフレを人間の属性ではなく、世界観の側へ逃がすことに成功しています。
おそらく儒教の影響が日本よりも色濃く残っているというのもあると思う。
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極端な悪人表現へ頼りすぎるほど、
韓国、ひいてはグローバルでは通用しにくい表現へ
きっと近付いていくのではないか❓と思います。
なぜなら「属人」である以上、そこで扱えるのは、せいぜい傾向であり、
「この立場の人間はこういうものだ」と決めつけた総称を書いたところで、
白いアルビノのカラス(主人公)🐦⬛の描き方が濃くなるほど、一般化は崩れてしまう。
つまり、例外の立場から、全称命題を扱おうとするほど、人物造形が歪み、
その誤謬の先に、視聴者/読者の心の中に残せる普遍的な物語を導くことはできない。
という、痛烈なメッセージ🥹
物語世界は本来、作者が必然的なものとして「命題」を見せかけながらも描こうとし、
確固たる意志としてぶつけて、皆に考えて欲しいものを共有するものでした📚
誰かを極端な悪人へ仕立てるような日本型の「属性語り」から生まれるスリルでは決してなく。
その古い物語の魔法、「語り」型が残っている、良質さ。
韓国作品を漁って観ていると、そんなことを感じます📺
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人間を悪くせずとも、世界は十分に怖く描けるし、それができないなら筆力不足🖋😇
世界が怖ければ怖いほど、恋する相手は「危険な男」ではなく、
その世界で唯一、信じられる人になっていく。
これは一見ベタですが、この
「世界中が敵でも、この人だけは信じられる」
という構図は、たぶん何度描かれても滅びない。
恐怖と信頼という、普遍的な感情で成立させようとするから、
ロマンススリラーは国境を越えて輸出することもできる。
その分、恋愛そのものは普遍的でまっすぐに描く。
そうした分業が、とてもうまいと感じました💭
要は…… \ イ・ドンウクの半裸はいいぞー‼ /