過去に戻りたいって思ったことはあるかな?
タイムマシンを作って戻るとかじゃなくて。
あの日、あの日々を過ごしていた自分に戻りたいって。
え? ないって?
そっか。
じゃあ私だけかもしれない。
私はあるよ。
というか、最近よく夢を見る。
もう何年も前のことなのに、夢の中の私はいつも制服を着ている。
いつもの制服に袖を通して。
最寄りの駅から電車を乗り継いで。
スクールバスの始発便でふたりがけの席に座って。
友達がやってくるのを待ってる。
たまに来ない日があったりして。
「もうっ」
ってなりながらも学校で話してる。
それから好きな人もそのバスに乗ってて。
いつも本を読んでると思ったら。
すごい綺麗な姿勢で寝てるの。
面白いし、何より器用だよね。
これは私が綴る過去のお話。
もし振り返りたくなったらいつでもおいで。
私は何度でもここに戻ってくるから。
私には好きな人がいたんだ。
そいつは中学校3年生からの大親友。
異性だったけどそんなこと意識しないで、くだんないことで笑いあってた。
4年間同じクラスだったけど。
席が隣だったのは1回だけ。
たった1回。
なのに、その時の机と机の距離は今でもなんとなく覚えてる。
そいつは先生のどうでもいい雑談までノートにメモしてて。
私も対抗してメモし始めたっけ。
先生が黒板に書いたことじゃない。
テストに出ることでもない。
本当にどうでもいい話。
「昨日コンビニ行ったらさ」
とか。
「先生が高校生の頃は」
とか。
そんな話まで律儀に書いてた。
だから私も書いた。
別に書く必要なんてないのに。
負けたくなかったから。
そして授業が終わったらどっちがいっぱい書いたかを競い合ってた。
「私の方が多い」
「いや俺の方が多い」
「それ文字大きいだけじゃん」
「関係ないだろ」
そんなことで笑ってた。
くだらないよね。
本当に。
でも。
今になって思うと。
ああいうくだらない時間が一番楽しかったのかもしれない。
その頃の私は知らなかった。
いつか、そのくだらない会話ひとつひとつを。
忘れたくないって思う日が来るなんて。
そいつのことを意識してない時。
別の好きな人がいたんだよ。
まあ見事に振られちゃってさ。
ちゃんと傷ついた。
学校に行きたくないとか。
全部嫌だとか。
そこまでじゃなかったと思うけど。
それでも中学生の私には結構大きな出来事だった。
落ち込んでいる私に、そいつが言った。
「事情は何となく知ってるけど気にすんな」
って。
それだけ。
長い慰めの言葉があったわけでもない。
「もっといい人いるよ」
とか。
「そいつ見る目ないな」
とか。
そんなことも言われなかった。
ただ。
気にすんな。
それだけだった。
なのに。
あの時にすごい救われた気がする。
たぶん。
悲しいことを無理やりなかったことにしようとしなかったから。
詳しいことを聞こうともしなかったから。
ただ隣にいて。
いつもみたいに話してくれたから。
私は救われたんだと思う。
そいつは甘いものは嫌いなんだけど。
中3のバレンタインの前日に。
「チョコって疲れてる時食べたいよね」
「俺最近疲れてるんだ」
って。
チョコが欲しいのかなって思ったよね。
いや。
思うでしょ。
甘いもの嫌いって言ってる人が、バレンタイン前日にそんなこと言うんだよ?
だから翌日。
友チョコとしてあげた。
本当に友チョコ。
少なくとも、その時の私はそう思ってた。
「はい」
って渡したら。
そいつは少し驚いた顔をして。
「別に欲しいなんて言ってねえし」
とか言って。
でもちゃんと受け取って。
「ありがと」
ってぶっきらぼうに言った。
それから。
いつもよりテンションが高くなってるそいつが少し。
少しだけ。
可愛く見えたんだ。
たぶん。
あれが最初だったのかもしれない。
自分でも気づかないくらい小さな。
好きの始まり。
でも。
その時はまだ分からなかった。
だって親友だったから。
好きになるなんて考えてなかった。
男女の友情は成立するか。
なんて話をする人がいるけど。
私は今でも分からない。
少なくともあの頃の私たちは。
男とか女とか。
そんなことをいちいち考える必要がないくらい近かった。
話したいから話す。
笑いたいから笑う。
くだらないことで競争する。
それだけだった。
それでよかった。
ずっとそれでいられると思ってた。
中学校を卒業して。
高校生になって。
それでも私たちは同じ場所にいた。
制服が変わって。
授業が変わって。
周りの人間関係も少しずつ変わっていった。
でも。
そいつはいた。
だから私はきっと安心してたんだと思う。
明日もいる。
来週もいる。
来年もいる。
そんな保証なんてどこにもないのに。
当たり前みたいに思ってた。
朝。
スクールバスに乗る。
始発便。
私はふたりがけの席に座って。
友達が来るのを待つ。
窓の外を見たり。
スマホを見たり。
眠かったら少し目を閉じたり。
その中に。
そいつもいた。
本を読んでいる日もあった。
何読んでたんだろうね。
覚えてない。
こんなに覚えてるのに。
そこは覚えてないんだ。
変なの。
それで。
本を読んでると思ったら寝てる日もあった。
すごい綺麗な姿勢で。
最初見た時。
本当に寝てる?
って思った。
寝てる人って普通もうちょっと崩れない?
でもそいつは綺麗に座ったまま寝てるの。
器用だなあって思った。
たぶん本人に言ったら。
「普通だろ」
とか言うんだろうけど。
普通じゃないよ。
少なくとも私はできない。
そんなことを考えながら。
私は少し離れたところからそいつを見てた。
好きになってからは。
前みたいに何も考えずに話せなくなった。
なんてことはなくて。
普通に話してた。
たぶん。
好きになったからって。
急に世界が少女漫画みたいになるわけじゃない。
目が合うたびにドキドキするとか。
手が触れたら顔が真っ赤になるとか。
そんな分かりやすいことばかりじゃなかった。
むしろ。
好きになった後も。
私たちはくだらない話をしてた。
いつも通り。
だから余計に。
私は勘違いしたんだと思う。
このままずっと続くって。
だけど。
ある時から。
そいつは私を無視するようになった。
急だった。
少なくとも私にはそう見えた。
昨日まで普通だったはずなのに。
話しかけても。
前みたいに返ってこない。
目が合わない。
近くにいるのに。
遠い。
最初は気のせいだと思った。
機嫌悪いのかな。
疲れてるのかな。
何かあったのかな。
そうやって理由を探した。
だって。
私が嫌われたなんて思いたくなかったから。
私は何かした?
変なこと言った?
怒らせた?
考えて。
考えて。
でも分からなかった。
人ってさ。
理由が分からないことが一番怖いんだね。
「お前のここが嫌い」
って言われた方が。
もしかしたら楽だったのかもしれない。
直せるかもしれないし。
謝れるかもしれないし。
無理なら無理で諦められる。
でも。
何も言われない。
ただ無視される。
昨日まであんなに近くにいた人が。
急に知らない人みたいになる。
それって。
想像していたよりずっと苦しかった。
同じ学校にいるから。
姿は見える。
同じ場所にいるから。
声も聞こえる。
他の人とは普通に話してる。
笑ってる。
なのに。
私には話してくれない。
だったら。
いっそ会えない方が楽だったのかもしれない。
でも毎日会える。
会えるのに。
話せない。
それが一番つらかった。
私は何度も考えた。
今日こそ話しかけようかな。
でも無視されたら嫌だな。
明日にしよう。
そして明日になったら。
やっぱり怖くなった。
そんなことを繰り返した。
前は何も考えずに名前を呼べたのにね。
たった数文字の名前を口にすることが。
どうしてあんなに難しくなったんだろう。
人間関係って不思議だ。
積み重ねるのには何年もかかるのに。
壊れる時は一瞬なんだから。
私たちがノートの文字数を競っていた時間も。
バレンタインのチョコも。
振られた私に声をかけてくれたことも。
全部私だけが覚えてるんじゃないか。
そう思うようになった。
向こうにとっては。
別に大した思い出じゃなかったのかなって。
私は親友だと思ってたけど。
そいつにとって私は違ったのかなって。
そう考えると。
昔の記憶まで全部嘘みたいに見えた。
でも。
嫌いになれなかった。
腹は立ったよ。
なんで無視するの。
何か言ってよ。
私が悪いなら言えばいいじゃん。
そう思った。
嫌いになれたら。
どれだけ楽だったんだろう。
でも。
できなかった。
だって。
楽しかったから。
本当に楽しかったから。
私が落ち込んでいた時。
助けてくれた人だから。
嫌いになったからって。
あの日の「気にすんな」が消えるわけじゃない。
無視されたからって。
ノートを競い合った時間までなくなるわけじゃない。
だから。
私は困った。
好きなのか。
嫌いなのか。
会いたいのか。
会いたくないのか。
分からなくなった。
それなのに。
そんなそいつから。
ある時。
私は「大切な人」だと言われた。
ずるいよね。
本当に。
そんなこと言うなら。
無視しないでよ。
そんなこと言うなら。
最初から普通に話してよ。
そんなこと言うなら。
私がどれだけ悩んだか知ってよ。
って。
思った。
でも。
嬉しかった。
ものすごく。
悔しいくらい嬉しかった。
ああ。
私だけじゃなかったんだ。
私が大切だと思っていた時間を。
そいつも少しは大切だと思ってくれていたのかなって。
そう思えた。
「大切な人」
たったそれだけの言葉。
たった五文字。
でも。
私は今でも覚えてる。
たぶん。
これからも忘れない。
人って残酷だね。
嫌な言葉だけじゃなくて。
嬉しかった言葉にも縛られるんだ。
あの言葉がなかったら。
もっと簡単に嫌いになれていたかもしれない。
「あの人は私のことなんてどうでもよかった」
って。
そうやって全部終わらせられたかもしれない。
でも。
できなくなった。
だって。
大切な人だって言われたから。
じゃあ。
私は大切だったの?
だったらどうして?
そんな疑問だけが残った。
答えなんて。
今さら分からないけどね。
きっと。
そいつにもそいつなりの理由があったんだと思う。
私には見えていなかったものが。
いっぱいあったんだと思う。
あの頃の私は。
自分のことで精一杯だったから。
相手の気持ちを全部分かっていたなんて言えない。
たぶん。
これから先も分からない。
でもね。
分からないまま残ることって。
案外多い。
大人になれば。
何でも分かるようになると思ってた。
あの時あの人が何を考えていたのか。
どうしてあんなことをしたのか。
どうしてあんな言葉を言ったのか。
いつか全部。
答え合わせできると思ってた。
でも。
そんなことないんだね。
分からないものは。
何年経っても分からない。
それでも時間だけは進んでいく。
季節が変わる。
制服を着る回数が減っていく。
学校に行ける日数が減っていく。
当たり前だった景色に。
少しずつ「最後」が増えていく。
最後の授業。
最後の昼休み。
最後のテスト。
最後のスクールバス。
その時は。
全部が最後だなんて実感してなかった。
明日があるみたいに過ごしてた。
人間って。
終わってから気づくんだよ。
あの日。
もっと話しておけばよかった。
あの日。
もっと笑っておけばよかった。
あの日。
ちゃんと顔を見ておけばよかった。
って。
私は。
そいつとの思い出を思い返す時。
大きな出来事より。
どうでもいいことばかり思い出す。
机。
ノート。
先生の雑談。
チョコ。
スクールバス。
本。
寝てる姿。
そういうもの。
ドラマみたいな告白より。
映画みたいな別れより。
本当にどうでもいい日常。
でも。
私が戻りたいのは。
きっとそういう日なんだと思う。
特別な一日じゃない。
何も起こらなかった日。
明日も同じ日が続くと信じていた日。
だって。
もし過去に一日だけ戻れるなら。
私は卒業式を選ばないと思う。
何か大きな出来事があった日も選ばない。
たぶん。
普通の平日。
朝起きて。
眠いなって思いながら制服を着て。
電車に乗って。
スクールバスに乗って。
学校に着いて。
授業を受けて。
くだらないことで笑って。
帰る。
そんな日。
そこに。
みんながいる。
それだけでいい。
そいつもいて。
友達もいて。
私もいて。
それだけ。
何も変えなくていい。
未来を教えなくていい。
「もっと大切にしなよ」
なんて過去の私に説教もしない。
ただ。
もう一度。
あの日の空気の中にいたい。
そして。
今度はちゃんと覚えていたい。
教室の匂いも。
机の傷も。
廊下を歩く音も。
友達の笑い声も。
そいつの声も。
全部。
忘れないように。
覚えていたい。
でも。
そんなことできないんだよね。
分かってる。
過去には戻れない。
どれだけ願っても。
スクールバスはもう私をあの学校まで運んでくれない。
制服を着ても。
あの頃の私には戻れない。
あの席に座っても。
同じ人たちは乗ってこない。
時間はちゃんと進んでしまった。
私だけを置いていってくれればよかったのに。
ちゃんと。
みんなを連れて。
進んでいった。
だから最近。
夢を見るのかもしれない。
夢の中なら。
戻れるから。
私は制服を着てる。
いつもの電車に乗ってる。
スクールバスに乗ってる。
友達を待ってる。
そいつもいる。
何も終わってない。
まだ卒業しない。
まだ離れない。
まだ。
明日がある。
夢の中の私は。
この時間がいつか終わることを知らない。
それが。
少し羨ましい。
目が覚める。
制服なんてない。
学校にも行かない。
バスも来ない。
ああ。
夢だったんだ。
って。
そこでようやく思い出す。
私はもう。
あの日々の続きを生きてるんだって。
時々。
夢の中に残れたらいいのにって思う。
ずっとスクールバスに乗って。
ずっと友達を待って。
ずっとそいつの寝てる姿を見て。
学校に着いたら。
くだらないことで笑って。
また次の日になって。
そんな日を繰り返せたら。
幸せだったのかな。
でも。
きっと違うんだよね。
終わったから。
こんなに大切なんだと思う。
ずっと続いていたら。
私はあの時間の価値に気づかなかった。
ノートの競争なんて。
数年後には忘れていたかもしれない。
チョコを渡したことも。
バスで寝てた姿も。
全部。
「昔そんなことあったな」
くらいになってたかもしれない。
失ったから。
私は拾い集めてる。
記憶の欠片を。
ひとつずつ。
忘れないように。
書いてる。
たぶん。
この話を書こうと思ったのも。
そういうことなんだと思う。
私は。
忘れたくない。
無視されたことも。
傷ついたことも。
大切な人だと言われて嬉しかったことも。
好きだったことも。
嫌いになりたかったことも。
全部。
綺麗な思い出だけ残したいわけじゃない。
だって。
そんなの私たちじゃないから。
私は傷ついた。
たくさん悩んだ。
泣いたこともある。
どうしてって思った。
もう関わらない方がいいって思ったこともある。
それでも。
楽しかった。
あの日々をなかったことにはしたくない。
人って。
不思議だよね。
嫌なことをされたら。
その人との全部を嫌いになれたらいいのに。
そんな簡単じゃない。
優しくしてくれた記憶も残ってる。
笑った記憶も残ってる。
救ってくれた言葉も残ってる。
だから。
嫌いになろうとするたびに。
昔のそいつが邪魔をする。
「事情は何となく知ってるけど気にすんな」
って。
中学生のそいつが。
私の中にずっといる。
そして。
「大切な人」
その言葉も残ってる。
だから。
私はたぶん。
ずっと答えを探してた。
私はあなたにとって何だったの?
って。
親友?
友達?
大切な人?
それとも。
もうどうでもいい人?
でも。
今は少しだけ思う。
答えなんてなくてもいいのかもしれない。
だって。
私がそいつを大切に思っていたことは。
誰にも変えられないから。
相手がどう思っていたかで。
私の気持ちまで偽物になるわけじゃない。
私は確かに。
あの日々が好きだった。
そいつと笑うのが好きだった。
どうでもいいことで競うのが好きだった。
バスの中で見つけるのが好きだった。
好きだった。
それでいいのかもしれない。
もちろん。
そんな綺麗に割り切れてるわけじゃないよ。
今だって。
戻りたい。
もう一回話したい。
あの時どうして無視したのって。
聞きたい。
大切な人って言ったのはどういう意味だったのって。
聞きたい。
私のこと。
本当はどう思ってたのって。
聞きたい。
いっぱいある。
聞きたいこと。
言いたいこと。
でも。
もし本当に会えたら。
何も言えない気がする。
久しぶり。
とか。
元気?
とか。
そんなくだらないことしか言えない気がする。
そして。
たぶん。
それでいい。
私が欲しかったのは。
答えじゃなくて。
もう一度。
普通に話せる時間だったのかもしれない。
だけど。
時間は戻らない。
人も変わる。
私も変わった。
そいつもきっと変わった。
あの頃の二人には。
もう会えない。
だから。
私はここに書く。
忘れないように。
私が確かにあの学校にいて。
大切な友達がいて。
好きな人がいて。
くだらないことで笑って。
傷ついて。
それでも毎日学校に行っていたこと。
全部。
ここに残しておく。
ねえ。
過去に戻りたいって思ったことはあるかな?
最初にも聞いたね。
私はあるよ。
今でもある。
たぶん。
これからも何度も思う。
あの日に戻りたい。
あの教室に戻りたい。
あのバスに乗りたい。
あの人たちに会いたい。
って。
でも。
戻れない。
だから私は。
書くことにした。
過去に戻る代わりに。
過去をここまで連れてくる。
忘れそうになったら。
また書く。
寂しくなったら。
また思い出す。
夢を見たら。
目が覚めるまで。
あの日々を歩く。
それくらい。
許してほしい。
前に進むって。
全部忘れることじゃないと思うから。
大切だった人を。
大切じゃなかったことにする必要もないと思うから。
たとえ。
もう一緒に笑えなくても。
たとえ。
同じ教室に戻れなくても。
あの時。
笑っていたことまで消えるわけじゃない。
私たちは確かに。
同じ時間を生きてた。
同じ教室で。
同じ先生のくだらない雑談を聞いて。
ノートに書いて。
どっちが多いか競って。
笑ってた。
それだけは。
誰にも奪えない。
ねえ。
あの頃の私。
あなたはまだ知らないだろうけど。
その隣にいる人。
いつか。
ものすごく大切な人になるよ。
そして。
ものすごく苦しくなるよ。
いっぱい悩むよ。
嫌いになろうとするよ。
それでも。
忘れられないよ。
でもね。
それでいい。
今は笑ってて。
明日のことなんて考えなくていい。
もっと話しておけばよかったなんて。
未来の私が勝手に後悔するから。
あなたはそのまま。
くだらないことで笑ってて。